谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

TMP=多和田/ミュラー・プロジェクト=始動!

 

このブログでも何度か仄めかしてきたようなTMP20192020=多和田・ミュラー・プロジェクトを、紆余曲折を経ながら、なんとかやっと始動します!

HPにも載せたTMP設立宣言と重なりますが、以下に記します。

 

 1977年に『ハムレットマシーン』がひっそりと世に出たころは、一体これは何なのだろうと、謎の塊のように受け止められた。その後、その謎は、世界中に伝播していった。日本でも1990年に設立されたHMP=最初は「ハムレットマシーン・プロジェクト」、次第に「ハイナ―・ミュラー・プロジェクト」にスライドしていった。折りしもハイナ―・ミュラーがベルリン・ドイツ座で、『ハムレット』と合体させた8時間余の『ハムレット/マシーンH/M』を演出した時と重なって、しかも、1989/90年の壁の崩壊=ドイツ再統一と重なった。H=HM=H/M ・・・その関係は何を象徴していたのだろう。

 

 だが、芥川賞作家 多和田葉子とこの旧東ドイツの作家ハイナー・ミュラーの間に、一体どういう関係があるというのだろうか。実は多和田葉子が渡独してまもない 1991年にハンブルク大学 に提出した修士論文が 、その『ハムレットマシーン』論だった。

 しかも、神話・ ジェンダー・翻訳 ・間テクスト性 ・ 夢幻能 ・ 死(後)の演劇 ――彼女がそこでハイナー・ミュラーと共に「読むこと」(=リ・レクチュール)の旅を始動させ、それによって開かれたのは、時代状況のコンテクストとは一見は関係のなさそうな、テクスト自体から現代に開かれる 様々に魅惑的な 「窓」だった 。そこから見えてきた 「景色 」は、我々がなじんできた「景色」とは、一風変わったものに思えた。しかしなるほどと思わせる説得力をもち、多和田葉子の文学営為の誕生・展開とも深く密接に関係していたようにも、思えた。ここを読まなくてはと…。

 だが今、多和田葉子のハイナ―・ミュラーへの読みは、どのように見えるのだろうか。そうご本人に問いかけて、劇場シアターXで毎年の恒例となったピアニスト高瀬アキとの掛け合いの場「晩秋のカバレット」で、『ハイナ―・ミュラーハムレットマシーン』(2019年11月25日予定)を取り上げてもらえることとなった。多和田葉子ハイナー・ミュラーの不思議な(?)関係が、そこから果たして、どう見えてくるだろうか。演劇表象と文學的営為の関連は、果たしてどうあるのだろうか。

 

 壁崩壊・東西ドイツ統一後 30年を迎えた2019/2020年、TMPは、生誕60年の多和田と生誕90年・没後25年のミュラーを/(スラッシュ)で関わらせるプロジェクト「TMP(多和田/ミュラー・プロジェクト)12019~2020」を始動させる。それは、TMの「読みの旅」に共鳴・共振・反発しつつ、日本の研究者やアーティストたちが共にチームとなり 、多和田/ミュラー「窓」から、自らを、日本を、そして世界の「景色」をのぞき込む「演劇表象の現場」を再考し、創造するプロジェクトである。徒手空拳の試みながら、「3・11後8年の今」も思いあわせつつ、自らと地球のこれからも考え合わせる、さまざまな世代と点¥と線と面を繋いで拡がっていくような試みになればいいと念じている。そこからどんな「風景」が見えてくるだろうか。楽しみである。

 

 2019年3月25日 TMPメンバー 

  谷川道子、山口裕之、小松原由理、内野儀、尾方一郎、坂口勝彦

   (外語大本担当関係)、

  谷口幸代、川口智子、小山ゆうな、才目健二、渋革まろん

   (論創社多和田演劇本、HPなど、tmp関連))。

   

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実際にはいまだ、模索中の企画や構想も多いのだが、いま2019年3月半ばの時点での始発点・到達点をいくつか、とりあえず披瀝させて頂こうと思う。勇み足の部分は、ご容赦下さい!HPも何とか立ち上がりつつ、もっか鋭意努力中である。https://tmp.themedia.jp/

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まず中心に構想されているのが、2020年春に東京外国語大学出版会から刊行予定の論集『多和田葉子ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』。多和田葉子の『HM論』とカバレット上演台本『ハイナー・ミュラー』を両極に、各論者がそこにどういう景色を覗きこんで展開していくか。まだ執筆依頼中の段階なので、目次公開にまでは至っていないのだが。これも追々に。

 

のみならず、今回の「TMP(多和田/ミュラー・プロジェクト)2019/20」傘下でも、いくつかの企画が、自発的なオファーがあったり、こちらからのオファーなどが、うまく噛み合ったり、はずれたりしつつ、遅々とながらも、進行している。勇み足を覚悟のうえで、その進行状況をいくつか。

 

まだ日本では、「多和田葉子の演劇世界」というフィールドは確立されていないようなので、実際はそうでもない実情を、何とか見える化する努力はできないかと。

  • まずは、2019年11月にシアターXでの多和田葉子『晩秋のカバレット:ハイナー・ミュラー』が実現する。
  • それと相前後する形で、小松原由理訳 小山ゆうな演出『オルフェウスあるいはイザナギ』と、川口智子演出による『夜光る鶴の仮面』の2本の多和田戯曲上演を企画中。来年度の助成金の申請がこの秋なので、それを使った本公演は2020年秋だが、今年はリーディング公演という形をドイツ文化センターで探れないかと若い演出家二人は思案模索中。リーディングは本公演とはもちろん異なってリーディングとして成立させたい、それゆえ、図書館でもロビーでも、ホールでも、むしろ劇場空間でないところでやれる方が面白いかと。日程など未定部分は多いが…
  • 川口智子は2018年に多和田戯曲『動物たちのバベル』を国立市の市民劇として上演して評判を得ており、2020年から、多和田葉子作の音楽劇を国立市の市民劇として、ともに創っていこうという話も進行中である。
  • こういう若手を中心に、今回のTMP(のT)を担うtmpという若いグループが、HPや「多和田演劇本」の活動部隊としてもできつつあるところだ。

つまり、並行して、これまでの多和田戯曲の上演に関する記録や論考などを紹介する「多和田葉子演劇本」を、東京外語大出版本の他に、論創社からも出そうということになっている。多和田葉子研究家の谷口幸代を中心に、新訳の戯曲2本と、多和田演劇上演に関する記録+論考集。これは2020年秋に刊行予定。

 

もちろんTMPのプロジェクトなので、ハイナー・ミュラー関連も進行中。

  • 美術家やなぎみわの『神話機械』は、独特にミュラーのテクストを使ったライブパフォーマンスを組み込んで、1年間にわたって各地の美術館を巡回する。すでに2月に高松美術館で始まって、小松原由理が観に行って、その記事をHPに掲載しているので、参照されたい。以降、4~6月アート前橋、7~9月福島県立美術館、10~12月神奈川県民ホールギャラリー、2019・12月~2020・2月の静岡県立美術館、へと巡回する。HP参照。
  • 京都の劇団「地点」は、2019年秋に京都の新劇場で『ハムレットマシーンHM』上演予定。ブレヒト作品をシャッフルしてガレージ・セールするかのような『ブレヒト売り』や、ブレヒト原作+ハイナ―・ミュラー改作の質的に緊密で凝縮した『ファッツアー』、そしてノーベル賞作家イエリネクの『光のない』、『スポーツ劇』、『汝、気にすることなかれ』、『難民劇』等々にも果敢に挑戦し続けている地点の三浦基演出に対しては、『ハムレットマシーンHM』を無視するわけには行かないでしょ、と説得。
  • 実は正式決定は2020年企画会議の6月まで待ってほしいと言われているが、静岡のSPACで、宮城聰演出の『メデイアマテリアル』を打診中。ミュラー流の夢幻能ともいえるこの『メデイアマテリアル』を、ギリシア演劇の現代化の巨匠ともいうべき宮城聰氏がどう料理してくれるのか、楽しみだからだ。
  • および、ゴーリキー劇場の難民劇団ExilEnsamble の『ハムレットマシーンHM』の招聘を、何らかの形で実現させられないかと思案・打診中である。ビザなどの関係で劇団招聘が無理なら、「映像+レクチャー+討論会」など、別の形での可能性も探っていこうと考えているが。この舞台についても、小松原由理が昨年12月にベルリンで観劇してきたHP記事を参照されたい。上演台本も資料も準備中! 「ポスト・マイグラント演劇」という新地平でもある。

  • いまだ企画中のものもいろいろあるが、進行に応じて、追々にこのHPで告示しいく予定なので、どうかフォローとご支援を!!

 

今回のTMPは、それこそ、1990年から30年という節目を読み直す機会でもある。難民問題と原発はそのこととも絡んでくるかと思う。多和田/ミュラーというのは、今の見通しがたい世界の現在状況を映し出す、ちょうどいい合わせ鏡の契機ではないかかとも思えるからだ。そこから繋がっていくであろう、さまざまな世代とジャンル、点と線と面を結びつつ、そこから何がどんな演劇表象の景色が見えて展開していくかを、我々自身が、楽しみにしているところである。 乞うご期待 !! 

 

        20190325 谷川道子記