谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

多和田葉子のカバレット『マヤコフスキー』とHM?                        

カバレット?

 芥川賞作家の多和田葉子さんが、「カバレット」なるものの名パフォーマーでもあることをご存知ですか。メジャーシーンでは殆ど演じられていないのであまり知られていないのですが、これが絶品でお勧めなのです。

 そも「カバレット」とは何なのか。英語風に言うとキャバレーですが、ご想像とはちょっと違う。日本風で言えば寄席? 江戸期からの落語、講談、漫才、音曲などの大衆芸能の演芸場。グロイル著の浩瀚な2巻本『キャバレーの文化史』(ありな書房, 1983・1988)によると、そもそもの源泉には遊びと風刺精神があって、古代ギリシアのサチュロス劇やアリストファネス喜劇の時事演劇に、古代ローマ以降の道化芸人などの存在を経て、近現代までさまざまな系譜があるという。いまや欧米では酒場の舞台などで社会風刺を含んだ歌や寸劇を見せる場所。ことにドイツ語圏では世紀末から20世紀に、大衆演芸場やレビュー、ヴァリエテ、文学寄席、超寄席、反戦・亡命者・学生カバレット――等々と時代精神を反映して多様化しつつしぶとく生き延びています。それぞれのトポス・都市で流行りすたりはあるものの、実は、私もケルンやウイーンに住んでいた頃は、方言や時事ネタの解説役には学生さんたちに付き合ってもらいながら、劇場だけでなく、人気のカバレットにもよく通ったものです。

 

シアターXでの「晩秋のカバレット」

 そう、東京は両国にある「シアターX」で2001年に始まったのが、多和田葉子+ピアニスト高瀬アキによる毎秋1ステージという「晩秋のカバレット」で、昨2017年で第16回目という、シアターXの貴重な誇るべきヒット企画です。

 2001年の最初はチェーホフ演劇祭での前夜祭的な番外編『ピアノのかもめ/声のかもめ』、次が2003年の「ブレヒトブレヒト演劇祭」参加の『ブレ. BRECHT』。あれから10数年も続いた! 毎年多和田さんも時宜に応じて工夫を凝らし、観る方の私も、都合のつく限り、なんせ1ステージなので、今年はどう来るかなと無理しても楽しみにはせ参じたものです(拙著『演劇の未来形』も乞う参照)。

 

多和田葉子カバレット「マヤコフスキー2017」

 そして昨2017年はロシア革命から百年なので、テーマは「マヤコフスキー」。そもそもロシア革命一周年記念に上演されるために書かれたのが、作マヤコフスキー、演出メイエルホリドの『ミステリヤ・ブッフ』。最近では地点が三浦基演出で、半世紀前には千田是也翁の頑張った演出でも観た覚えがある。「奇妙奇天烈聖史喜劇」などという副題をつけられるとなおさら気になるのですが、地球が大洪水に襲われて、押し寄せてきた人々が北極の穴から「ノアの方舟」に乗って約束・理想の地を求めて古今東西、地獄と天国を旅する話です。

 多和田さんはこの戯曲をいろいろ工夫(小道具の手袋帽子にお面、国旗、衣装等に、身振り)をこらして読みくだき演じながら、作家マヤコフスキーとともに、ときにピアニストの高瀬アキさんとも掛け合い漫才をしつつ、現代の地球を経めぐってみせるのです。ロシアと言えば、プーチンさんはいま何を考えているの? オーストラリア大陸は無事かしら? ヨーロッパ共同体はどうなっていくんだろうねえ? イギリスに、フランスに、ドイツのメルケル首相…? 移民・難民っていうけど、そもそも国籍って何よ? あちこちで戦争に洪水―世界各地から亡霊たちの声が聞こえてくる…グローバリゼーションの檻に閉じ込められている地球!! 百年をはさんだ多和田葉子マヤコフスキーの『ミステリヤ・ブッフ』、実に愉快で、実に面白かった。(舞台写真)

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 ああ、また多和田葉子さんは一捻りしたなと思ったもの。読むとはともに考え遊ぶこと、キーワードは〈読み〉の創造性。これはどこかで経験済みだ。そう、前回の我がブログでも取り上げた『ハムレットマシーンHM』。『ハムレットH』の世界に入り込んだハイナー・ミュラーH・Mが読む現在のHM。キーワードは自己言及性と間テクスト性。繰り返しになりますが、多和田さんの1991年にハンブルク大学提出の修士論文のタイトルは「ハムレットマシーン(と)の読みの旅――ハイナー・ミュラーにおける間テクスト性と再読行為」。そのパフォーマンス的な実践がこの『ミステリヤ・ブッフ』であり、シアターXの「晩秋のカバレット」シリーズなのではないでしょうか。

 

多和田葉子カバレット「ハイナー・ミュラー2019」とTMP2019~2020

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 多和田葉子における「間テクスト性と再読行為」―30年前に30歳そこそこでドイツ語で書かれたこのHM論は、HMこそバフチンの言う「ポリフォニー小説」を体現展開し、かつ、「死者の演劇」としての「夢幻能」であると断じる、切れ味するどいユニークなHM論なのです。30年前の修士論文だからと渋る多和田さんを説得して邦訳し、再度ハイナー・ミュラー多和田葉子の関係を考えようかと思っているところ。それだったら、来年の「晩秋のカバレット2019」では「ハイナー・ミュラー」をやってよ、「了解、そうしましょう」と。ですから、来年の多和田葉子カバレットは、30年ぶりの多和田葉子ハイナー・ミュラーとの対話です。今年は11月19日、テーマは「ジョン・ケージ」(チラシ参照)。このブログ原稿も一部は、シアターX批評通信に依頼されて書いた報告からの転載をもとにしています。ご寛恕、多謝!

 このところ国際的にも多和田葉子は各国の博士論文のテーマに取り上げられつつあり、今年ベルリン工科大学で多和田さんと同じSigrid Weigel教授のもとで「多和田葉子の翻訳論」で博士論文を提出した斎藤由美子さんなどとも組んで、この多和田葉子HM論邦訳とカバレットHMが形になったら、『多和田葉子ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』を刊行し、TMP「多和田葉子ハイナー・ミュラー・プロジェクト」をたちあげて、その枠の中でいろいろなことがやれないかとまだめげずに夢想中。前ブログ『《ハムレットマシーン》2018春』の4ケ月後の続き・・・「こちらはTMP、応答せよ、応答せよ」となれるかどうか。「TMP2019~2020」を乞うご期待!!

 

 ☆ 多和田葉子 カバレット 演目リスト ☆

第 1回 2001年  9月 1日 [木] 『ピアノのかもめ/声のかもめ』
 (シアターX チェーホフ演劇祭40日間 参加作品 前夜祭的な番外編)  
第 2回 2003年 11月24日[月]『ブレ.BRECHT』
 (シアターX 2年がかりのブレヒトブレヒト演劇祭1 参加作品)
第 3回 2004年  9月21日 [火]『ピアノのかもめ/声のかもめ』PART2
 チェーホフ東京国際フェスティバル2004 参加作品)
第 4回 2005年 11月  3日[木] 『脳楽と狂弦』
第 5回 2006年 11月19日[日] 『詩人の休日』
 (シアターX 詩の通路 参加作品)
第 6回 2007年 11月  3日[土] 『飛魂(Ⅰ)』
第 7回 2008年 11月14日[金] 『飛魂(Ⅱ)』
第 8回 2009年 11月  3日[火] 『宇治拾遺物語
第 9回 2010年 12月  1日[水] 『まっかな おひるね』
第10回 2011年 11月20日[日] 『菌じられた遊び』
第11回 2012年 11月18日[日] 『変身』
第12回 2013年 11月17日[日] 『魔の山
第13回 2014年 11月14日[金] 『白拍子VS変拍子
第14回 2015年 11月15日[日] 『猫も杓子もカントル』
第15回 2016年 11月16日[水] 『絵師 葛飾北斎
第16回 2017年 11月15日[水] 『マヤコフスキー

 

〔付記〕:どの場合も、タイトルから読みとれるように、ある作家や作品やジャンル(能と狂言とか)を対象に、それらを読みつつ戯れながら自在に展開する。例えば第2回の『ブレ.Brecht』では、『三文オペラ』の「ポリーとマックの結婚式」の声と音の言葉遊び「こけ、むす、こけでら、こけ、こっか、国家公務員、コッカイン-----ご結婚、コケコッコ、コケッコン、ご結婚」などは大爆笑。あるいは、第12回の『魔の山――ベルリンから気まぐれて』は「トーマス・マンの小説からの「振動」は、〈3・11〉に触れて「まちごうても」の話までぶれる。いつも、高瀬のピアノと掛け合いながらのそのボケと突っ込みの変幻自在さ振りが楽しい。