谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

賀正 2021! 

祝刊行! 

  岡田蕗子著
『岸田理生の劇世界~アングラから国境を超える演劇へ』

  谷川道子+谷口幸代編
多和田葉子の〈演劇〉を読む』

 

 まことに遅ればせながら、まずは賀正2021! 年賀状もそのお返事もままならないご無礼も久しいのですが、ともあれ新年の年賀ブログメールを! この地球上にいまなお高齢者の我が身が存在し得ている意味の不思議さと有難さと、さまざまな問いかけも実感した、たしかに特別なコロナ禍の昨2020年でした。

 ことに表象の地平では、何がリアルで何がヴァーチャル(VR)か、何がファクトで何がフェイクか、オルタナティブ・ファクト? パラレルユニバース?

 生活の地平でも、オンライン教育、ズーム会議? リモート飲み会? リモート葬儀? ついていけずに置いてきぼり感に立ち尽くしつつ、退職後で良かったと漏らしてもいられない、これがニューノーマル・ライフ? ポストコロナで何がどう変わっていくのか。地球の46億年の歴史の中で、人類史は1億年にも満たないニューカマー! きっと神様の警告のこのイエローカードは、しばらくは本気でじっくり考え続けなくてはならない課題、難問なのでしょう。

 ということで、新年ですからめでたくいきたいと、祝刊行 !!! 

 まずは岡田蕗子著『岸田理生の劇世界~アングラから国境を超える演劇へ』!

劇作家岸田理生(1946=2003)についてはこのブログ2017年6月24日に「岸田理生とリオフェスのこと」で紹介しているのでそちらをご参照ください。70年代には寺山修司率いる天井桟敷でアングラ演劇の最盛期を同伴しつつ、自ら可以劇場、岸田事務所、岸田カンパニー等を結成し、80年代に岸田戯曲賞の『糸地獄』を頂点とする女であることと日本の近代を流麗な文体で真正面から問う戯曲群で女性劇作家の時代(秋本松代を先駆に如月小春、永井愛、渡辺えり等々)を牽引し、90年代にはそこからHMPや韓国・アジアとの「国境を超える演劇」へと果敢に挑戦していった。

 同年生まれの私が出会ったのはそういう1990年春。劇評家西堂行人を核にアメリカ演劇の内野儀、ドイツ演劇の私と演出家鈴木絢士と劇作家岸田の五人で結成されたHMP(ハムレットマシーン・プロジェクト)が初対面だった。東中野のリオさん宅で月に何度かミュラー研究会を重ねて、翻訳・紹介・討議・上演・シンポジウムなどで日本演劇を世界演劇の地平で問い直す活動を各地で巡回しつつ続けていった。2003年の中国や韓国からの参加も含めた18劇団の大掛かりな「ハイナー・ミュラー・ザ・ワールド」が最後のイベントだったろうか。

 リオさんとはベルリンや韓国ソウルにも一緒に旅したが、90年代の活動は瞠目すべきものだった。新機軸の劇作に演出、如月小春さんの無念の逝去後にアジア女性演劇人会議の会長代行も引き受け、シンガポールの演出家オン・ケンセンと組んだ多国籍言語版の実験劇、シェイクスピア原作を大胆に脱構築した『リア』や『デスデモーナ』への舞台化と世界巡演、等々…。討ち死にするかのように2001年に倒れて2003年に無念の逝去。没後に宗方駿を代表に、「理生さんを偲ぶ会」が結成され、『岸田理生戯曲集』全3巻の刊行に、毎年初夏に2004年から「岸田理生作品連続上演」、2007年からは「岸田理生アヴァンギャルド・フェス、テイバル(通称リオフェス)」となって、2018年で第12回を迎えていた。

 そういう岸田理生の劇世界を、10年かけて2018年に博士論文としてまとめて2021年1月4日(岸田75歳の誕生日)に大阪大学出版会から刊行したのが、岡田蕗子である。  

 1986年生まれで、大阪大学インド哲学研究室で儀礼を扱うウバニシャッド文献の、特に身体と、視覚、聴覚、言語、思考の身体諸機能の関係性について研究中に、その統括者であるブラーナ(息)への関心から演劇に関心を持ち、ちょうど関西の劇団hmpが岸田理生の『糸地獄』を軸に、岸田理生の世界観を「見るおとぎ話」として再構成した笠井友仁構成演出の2006年初演の『Rio』に役者として参加することになる。hmpとは近畿大学の演劇科で教鞭をとることになった西堂氏の学生たちがHMPへのオマージュとして1999年に立ち上げられた研究会だという。

 稽古場でリリカルな岸田戯曲の言葉に過剰な呼吸音や死者を連想させる集団歩行、激しい足踏みなどを組み合わせていって、戯曲の言葉が声と体を通して立体的に一つの世界に立ち上がっていく過程の魅力に、岡田は演劇と岸田理生の世界へと誘われていった。そこでは古代インドの文献のブラーナが存在感を得ていくようで、何故それが母殺しの物語を表現するのか、という謎。言葉の創世力を疑わないインドの詩人たちの世界認識と自らの世界認識地平が重なっていって、『Rio』の2006年の上演は演劇学科への移籍と岸田理生研究のテーマの創始となって、10年後の2017年にこの博士論文完成と刊行へ至ったという。

 戯曲や上演から演劇研究に向かう従来の姿勢とは何かが決定的に違う。「リオ」を自らの体験も含めた幾重もの層を重ねて再構成していくかのこういう成立経緯がユニークで、逆にリアルで面白く、最期の年月を同伴したはずの私にはとても見えなかった岸田理生の劇世界を楽しませてもらった。「偲ぶ会」のメンバーの協力や関係者たちへのインタビュー、没後のリオフェス10数年の歴史的な蓄積や様々な皆の想いなども凝縮した、岸田理生研究の、また新地平の演劇研究の礎石であろう。500頁に近い赤や青に光るかの美しい本書の、内容についてもまだまだ書き足りないのだが、未刊行初期作品や手話劇の試み、詳細な年譜、「共有ではなく分有を」という概念、等々、どうか、手に取ってご堪能頂きたい。

 あ、付言:この新春の理生さん誕生日の刊行日1月4日に、岡田蕗子さんを囲んで、ズーム飲み会で刊行祝いのリモート対話を十数人で楽しんだ。リオフェスも、昨年はコロナ禍で中止したが、今年以降についても話題になった。

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岡田蕗子 著『岸田理生の劇世界  アングラから国境を越える演劇へ』(大阪大学出版会)



  2冊目の祝刊行は、もう書く余白がなくなったが、同じ新春1月8日に論創社より刊行された、谷川道子+谷口幸代編『多和田葉子の〈演劇〉を読む』。

 前回2020年10月24日のブログで紹介した、TMPの最初の活動成果をまとめた外語大出版会から刊行の『多和田葉子/ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』のいわばペア本としての第2弾である。出版元を異にしながらこういう連係ができたことに、関係者方に感謝したい。表紙も同じシーンの写真をアレンジして使いつつ、大きさも佇まいも装丁家宗利淳一氏の力量で、姉妹本の趣き満載である。

 多和田ファンには初の演劇関連本として、なおさらに喜んでいただけるだろう。外語大本がTawadaとMűllerの関係性にフォーカスしたので、「多和田〈演劇〉とは何か」にフォーカスした姉妹本を、京都芸大での多和田戯曲多国籍上演企画にあわせて刊行しようとしたが、コロナ禍で来年度に上演延期になったので、刊行だけはと頑張って、新春の1月8日付けで刊行された。

 長くなりすぎるので、内容の紹介も含めたチラシを掲載させて頂く。こちらも是非に、どうか手に取って、ご堪能下さいますよう、お願いします !!!

 

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