谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

 Guten Rutsch ins neue Jahr  2022 !!

 ドイツ語でRutsch は滑ること、よい新年に無事に滑り込んでね、つまり「良いお年を」という年賀挨拶なのですが、それをブログアップしようと思っているうちに滑りすぎて、滑り込みセーフもとっくに儘ならなくなりましたが、1月はあっという間に行き、2月は逃げて、3月もはや3分の1は去りました。今日は〈3・11〉。東北大震災から2週間後に私はクモ膜下で倒れ、ICUから出た夢うつつの病室で津波の洪水の悲惨な映像ばかり見て過ごし、後遺症は残っても辛うじて命はとりとめて、リハビリに頑張って社会復帰。ボランティアにも行けない身で何ができるかと考えたのがブレヒトの『ガリレオの生涯』。デンマーク亡命中のブレヒトアインシュタインmc2核分裂競争の意味を考えるのに、近代科学の起点『ガリレオの生涯』に置き換えて科学の意味を考えようとした。1943年にスイスのチューリヒで初演されたデンマーク版、亡命地アメリカで名優ロートンと再演しようというときにヒロシマナガサキに原爆が落とされ改稿されたアメリカ版、東ベルリン帰還後にはフンボルト大学の研究者たちと『アインシュタインの生涯』も構想し、ベルリン版『ガリレオの生涯』の稽古中にブレヒトは逝った。既に1999年のブレヒト生誕百年記念に世田谷パブリック劇場で松本修演出、柄本明主演で上演された拙訳台本に、アインシュタインとフクシマの核の問題を考える資料などを加えた文庫本を2013年に光文社から出していただいた。それが今、「核禁止条約」も批准されたというのに、プーチンとかいう大統領がチェルノブイリなどの原発で、核のボタンをちらつかせている。悪夢だろうか。ヒロシマナガサキチェルノブイリとフクシマとウクライナがこうして重なった。そしてキューバ危機も⋯。悪夢にしてはならない。

 ともあれコロナ禍3年目の新年、そして東京震災復興五輪から北京ドーピング五輪へと続いているうちに、ロシアのウクライナ侵攻という思いもしない非道悲惨な戦闘状態がライブ中継されて、ウクライナ総攻撃と核戦争の危機に全世界が怯えて立ちすくんでいる。第三次大戦を避けたい欧米はウクライナを後方支援はしても手は出さずに見殺しか、軍事戦と経済制裁と情報戦でどこまで持ちこたえるかの成り行きを見守るスケープゴートにされるのか。それは許せないと誰もが思って中継を注視している。21世紀の初頭に、1990年の付けがこういう風に回ってくるのかと。その間の30年間に拘り続けたのが TMP+tmp だった。我々は歴史の中を生きている、いや歴史を生きて創っているのだ。どんな歴史を遺せるのか。こういう殺し合いをしているうちに地球そのものが壊れていく。地球は誰のものでもない。生きとし生けるものの共有財だ。そのうえで人類の責任で作ってきた文明なら、壊さずに守って次世代に渡す義務がある。

 と言いつつ、実は新春早々にまた蜜柑園で?転んで圧迫骨折で呻きながら動けない身で、そういうことをあれこれ愚考しながらステイホームしています。めげずにそれぞれの持ち場でできる責任を果たしていくしかないと言い聞かせ…。

 今の私はまずは TMP+tmp。1990年に淵源をもち、京都芸術大学企画としての『夜ヒカル鶴の仮面』プロジェクトが、コロナ禍で一年延期されて昨秋に「劇場実験」と「フォーラム」としてひとつの結実を得ました。その報告書を、年末年始を挟んで、主に若い演出家川口智子とリサーチアシスタントの斎藤明仁のゴールデンコンビが頑張ってモーターを回してくれて、皆さんのご協力を得て、しっかりドキュメントになりました。その「フォーラム」への「まえがき」として(昨年末に)書いた拙文だけをここに引用します。冊子の前にちらと読んでご想像ご笑覧下さい。

 今こそ不要不急の文化が必要でしょうか。ついで今年のGWにはくにたち市民芸術小ホールで、多和田葉子作+平野一郎作曲+川口智子演出の世界初演となる創作市民オペラ『あの町は今日もお祭り』が上演される運びとなりました。小さなホールでの大きな構想とスケールの挑戦です。そのチラシと紹介も、このブログの最後に載せさせて頂きます。全3回公演ですので、早めのご予約を!

No more War,in Ukraine and on the Earth !!!  And Peace!!!

 

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フォーラム、「前書き」 

『鶴仮面』プロジェクト~長い探りの旅路の豊かさと楽しさと~

 遠い源泉の水が長いさまざまな川から河への流れを集めて、やっと大海原に辿り着いたような気がしている。そこは京都芸術大学30周年記念・劇場20周年記念企画「多和田葉子の演劇~連続研究会と『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版ワークインプログレス上演」のファイナルの締めの「劇場実験+フォーラム」。

「劇場実験」は京都芸術劇場の大きな春秋座の舞台道具搬入口、翌日の「フォーラム」がその春秋座の入口のホワイエ。入場無料ながら50名の予約定員制で、コロナ禍への対策付き。裏口と表口に挟まれて、そもそも春秋座の見事な劇場客席へは入れて貰えない構想になっている。大海原? 10月末の京都は寒かったが、熱気はこもっていた。そこでどういうことが展開し、「演じ」られたのかは、この報告書全体を熟読玩味いただきたい。「ワークインプログレス」の仮締めで、まだ終点ではなさそう。このプロジェクトはいまだ終わっていないようだ。

 源泉は『ハムレット』か。それとて前史がある。ミュラーの『ハムレットマシーン(HM)』(1977)? 多和田葉子のドイツ語版修論HM論(1991)? 多和田さんの「読書人」対談での発言「この小さなテクストに、古代ギリシアからエリザべス朝、ハンガリー動乱まで巨大な世界が詰まっている」。HMP(ハムレットマシーン・プロジェクト)からTMP+tmp(タワダ/ミュラー・プロジェクト)へ? いや、多和田の初戯曲『夜ヒカル鶴の仮面』(ドイツ語版初演1993~今回使用の日本語版2006)か? コロナ禍での終点(2021)が閉じていないように、起点も定かではない、『地球にちりばめられて』?

 振り返ってみれば、多和田HM論の邦訳を契機にTMPを立ち上げてからも、どこへ誰とどう航海できるのか徒手空拳の手探りだった。天が味方してくれたような出会いを重ねて、しかも予想さえしなかったこのコロナパンデミック!その最中でもともあれ『多和田葉子/ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』(東京外語大出版会、2020 )と『多和田葉子の〈演劇〉を読む』(論創社、2021)2冊の姉妹本を出し、TとMに関連する上演を可能にしたが、京都芸術大企画のアジア多言語版上演はオリ・パラに準じて1年延期になるなか、リモートやネットなどで研究会や話しあいを重ね、多和田葉子の演劇を核に多様な仲間が集ってオンラインでの共有化の想いと謎解きは深まって拡がっていった。ドイツ語版『鶴仮面』は夢幻能やベンヤミンとどうクロスするのか。アジア多言語版はこのご時勢にどう果たせるのか? ボーダーレスに活躍する多和田葉子に倣って、演劇の研究と批評領域と創造実践現場を、何とかクロスさせられないかという思いもあった。若い世代の能力と可能性にも圧倒された。コロナ禍と『鶴仮面』は、人間と地球の現在と未来形を再考せざるを得ない絶好の機会ともなった。謎は豊かに楽しく繋がり拡がり・・・いまだ誰もこれで終わったとは感じていないらしい。どうしたものか、先行き見えない老輩は困っている…。

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      劇場搬入口での上演舞台写真      photo by Manami Tanaka

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ベルリンからリモート出演した多和田葉子さんとのアフタートーク

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 くにたちオペラ 『あの町は今日もお祭りだった』

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