谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

「佇まいの美学――詩集『流転』に寄せて」

残暑お見舞い申し上げます!

 あっという間に時が過ぎていきます。すでに7月も終わり近く、本来なら、夏休みでしょうか。

 梅雨が開けたのか、まだ残り梅雨なのか、毎日の寒暖の差も激しく、薄寒いと思った日に熱中症の予告、コロナ禍も3年目にして第7波に入ったっとか、入らぬとか、ロシアのウクライナ侵攻も、悲惨な映像を毎日目にしながら、何ひとつ停戦に向かう気配のなさに、気が滅入るばかりです。そういう中で、久しぶりにライナー・マリア・リルケの詩や、日本の現代詩に触れる機会を得ました。思えば、演劇関連ばかりで、詩をちゃんと読むのは久しぶりでした。ささくれ立って乾いた心に源泉の雫がしみとおっていくような思いがして、しばらくは、谷川俊太郎や白秋やリルケの詩も読み漁りました。大気の中の音が聞こえてくるようでした。

 実は、我が敬愛する師のドイツ文学者神品芳夫先生が、卒寿を期して詩人神原芳之の筆名で出された第2詩集『流転』の書評を「世界文学」誌に依頼されたことが切っ掛けでした。「世界文学会」は、1949年に世界の言語と文学を通して世界平和に貢献すべく設立された学会で、今は毎年2回の学会誌を、様々なジャンルで自由闊達に刊行しています。若いころ、私の処女作となった『聖母と娼婦を超えて~ ブレヒトと女たちの共生』も、この雑誌に連載して頂けることが契機となって、1986年に花伝社より上梓されました。ここしばらくはご無沙汰していましたが、思えば長い恩義とご縁です。

 神品芳夫先生とは日本独文学会の理事会のご縁で、いろいろにお付き合いさせていただきました。その先生が卒寿記念に第2詩集を出されて、その不肖の弟子が後期高齢者となって書評と称したエッセイを書かせて頂いた。これも長いご縁ですね。編集委員会の許可を得て、諸々の感謝をこめて転載させていただきます。

 

 Guten Rutsch ins neue Jahr  2022 !!

 ドイツ語でRutsch は滑ること、よい新年に無事に滑り込んでね、つまり「良いお年を」という年賀挨拶なのですが、それをブログアップしようと思っているうちに滑りすぎて、滑り込みセーフもとっくに儘ならなくなりましたが、1月はあっという間に行き、2月は逃げて、3月もはや3分の1は去りました。今日は〈3・11〉。東北大震災から2週間後に私はクモ膜下で倒れ、ICUから出た夢うつつの病室で津波の洪水の悲惨な映像ばかり見て過ごし、後遺症は残っても辛うじて命はとりとめて、リハビリに頑張って社会復帰。ボランティアにも行けない身で何ができるかと考えたのがブレヒトの『ガリレオの生涯』。デンマーク亡命中のブレヒトアインシュタインmc2核分裂競争の意味を考えるのに、近代科学の起点『ガリレオの生涯』に置き換えて科学の意味を考えようとした。1943年にスイスのチューリヒで初演されたデンマーク版、亡命地アメリカで名優ロートンと再演しようというときにヒロシマナガサキに原爆が落とされ改稿されたアメリカ版、東ベルリン帰還後にはフンボルト大学の研究者たちと『アインシュタインの生涯』も構想し、ベルリン版『ガリレオの生涯』の稽古中にブレヒトは逝った。既に1999年のブレヒト生誕百年記念に世田谷パブリック劇場で松本修演出、柄本明主演で上演された拙訳台本に、アインシュタインとフクシマの核の問題を考える資料などを加えた文庫本を2013年に光文社から出していただいた。それが今、「核禁止条約」も批准されたというのに、プーチンとかいう大統領がチェルノブイリなどの原発で、核のボタンをちらつかせている。悪夢だろうか。ヒロシマナガサキチェルノブイリとフクシマとウクライナがこうして重なった。そしてキューバ危機も⋯。悪夢にしてはならない。

 ともあれコロナ禍3年目の新年、そして東京震災復興五輪から北京ドーピング五輪へと続いているうちに、ロシアのウクライナ侵攻という思いもしない非道悲惨な戦闘状態がライブ中継されて、ウクライナ総攻撃と核戦争の危機に全世界が怯えて立ちすくんでいる。第三次大戦を避けたい欧米はウクライナを後方支援はしても手は出さずに見殺しか、軍事戦と経済制裁と情報戦でどこまで持ちこたえるかの成り行きを見守るスケープゴートにされるのか。それは許せないと誰もが思って中継を注視している。21世紀の初頭に、1990年の付けがこういう風に回ってくるのかと。その間の30年間に拘り続けたのが TMP+tmp だった。我々は歴史の中を生きている、いや歴史を生きて創っているのだ。どんな歴史を遺せるのか。こういう殺し合いをしているうちに地球そのものが壊れていく。地球は誰のものでもない。生きとし生けるものの共有財だ。そのうえで人類の責任で作ってきた文明なら、壊さずに守って次世代に渡す義務がある。

 と言いつつ、実は新春早々にまた蜜柑園で?転んで圧迫骨折で呻きながら動けない身で、そういうことをあれこれ愚考しながらステイホームしています。めげずにそれぞれの持ち場でできる責任を果たしていくしかないと言い聞かせ…。

 今の私はまずは TMP+tmp。1990年に淵源をもち、京都芸術大学企画としての『夜ヒカル鶴の仮面』プロジェクトが、コロナ禍で一年延期されて昨秋に「劇場実験」と「フォーラム」としてひとつの結実を得ました。その報告書を、年末年始を挟んで、主に若い演出家川口智子とリサーチアシスタントの斎藤明仁のゴールデンコンビが頑張ってモーターを回してくれて、皆さんのご協力を得て、しっかりドキュメントになりました。その「フォーラム」への「まえがき」として(昨年末に)書いた拙文だけをここに引用します。冊子の前にちらと読んでご想像ご笑覧下さい。

 今こそ不要不急の文化が必要でしょうか。ついで今年のGWにはくにたち市民芸術小ホールで、多和田葉子作+平野一郎作曲+川口智子演出の世界初演となる創作市民オペラ『あの町は今日もお祭り』が上演される運びとなりました。小さなホールでの大きな構想とスケールの挑戦です。そのチラシと紹介も、このブログの最後に載せさせて頂きます。全3回公演ですので、早めのご予約を!

No more War,in Ukraine and on the Earth !!!  And Peace!!!

 

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フォーラム、「前書き」 

『鶴仮面』プロジェクト~長い探りの旅路の豊かさと楽しさと~

 遠い源泉の水が長いさまざまな川から河への流れを集めて、やっと大海原に辿り着いたような気がしている。そこは京都芸術大学30周年記念・劇場20周年記念企画「多和田葉子の演劇~連続研究会と『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版ワークインプログレス上演」のファイナルの締めの「劇場実験+フォーラム」。

「劇場実験」は京都芸術劇場の大きな春秋座の舞台道具搬入口、翌日の「フォーラム」がその春秋座の入口のホワイエ。入場無料ながら50名の予約定員制で、コロナ禍への対策付き。裏口と表口に挟まれて、そもそも春秋座の見事な劇場客席へは入れて貰えない構想になっている。大海原? 10月末の京都は寒かったが、熱気はこもっていた。そこでどういうことが展開し、「演じ」られたのかは、この報告書全体を熟読玩味いただきたい。「ワークインプログレス」の仮締めで、まだ終点ではなさそう。このプロジェクトはいまだ終わっていないようだ。

 源泉は『ハムレット』か。それとて前史がある。ミュラーの『ハムレットマシーン(HM)』(1977)? 多和田葉子のドイツ語版修論HM論(1991)? 多和田さんの「読書人」対談での発言「この小さなテクストに、古代ギリシアからエリザべス朝、ハンガリー動乱まで巨大な世界が詰まっている」。HMP(ハムレットマシーン・プロジェクト)からTMP+tmp(タワダ/ミュラー・プロジェクト)へ? いや、多和田の初戯曲『夜ヒカル鶴の仮面』(ドイツ語版初演1993~今回使用の日本語版2006)か? コロナ禍での終点(2021)が閉じていないように、起点も定かではない、『地球にちりばめられて』?

 振り返ってみれば、多和田HM論の邦訳を契機にTMPを立ち上げてからも、どこへ誰とどう航海できるのか徒手空拳の手探りだった。天が味方してくれたような出会いを重ねて、しかも予想さえしなかったこのコロナパンデミック!その最中でもともあれ『多和田葉子/ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』(東京外語大出版会、2020 )と『多和田葉子の〈演劇〉を読む』(論創社、2021)2冊の姉妹本を出し、TとMに関連する上演を可能にしたが、京都芸術大企画のアジア多言語版上演はオリ・パラに準じて1年延期になるなか、リモートやネットなどで研究会や話しあいを重ね、多和田葉子の演劇を核に多様な仲間が集ってオンラインでの共有化の想いと謎解きは深まって拡がっていった。ドイツ語版『鶴仮面』は夢幻能やベンヤミンとどうクロスするのか。アジア多言語版はこのご時勢にどう果たせるのか? ボーダーレスに活躍する多和田葉子に倣って、演劇の研究と批評領域と創造実践現場を、何とかクロスさせられないかという思いもあった。若い世代の能力と可能性にも圧倒された。コロナ禍と『鶴仮面』は、人間と地球の現在と未来形を再考せざるを得ない絶好の機会ともなった。謎は豊かに楽しく繋がり拡がり・・・いまだ誰もこれで終わったとは感じていないらしい。どうしたものか、先行き見えない老輩は困っている…。

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      劇場搬入口での上演舞台写真      photo by Manami Tanaka

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ベルリンからリモート出演した多和田葉子さんとのアフタートーク

tmp.themedia.jp

 

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 くにたちオペラ 『あの町は今日もお祭りだった』

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kunitachiopera.themedia.jp

多和田葉子の演劇:『夜ヒカル鶴の仮面』劇場実験&フォーラム

気が付くと…今はもう秋⁈ 私の好きな夏はいつやってきていつ去ったのか? 時や季節の移ろいに鈍くなるのは老いの兆候でしょうが、この地球の季節時計も老いたのか、寒暖の差も、雨風模様も、気候変動も、ついには地殻変動地震もあちこちで頻発して、地球のグローバル化とは地球時間の老いの末期ではないかと、本気で心配してしまいます。コロナ禍の終焉もどう判断すればよいのか、ともあれ私たちも地球とともに賢く生きていかなければ…

 

という感じでブログも、しばらくご無沙汰してしまいましたが、表題の京都芸術大学主催の「開学30周年記念・劇場20周年記念企画」と銘打たれた「多和田葉子の演劇」もコロナ禍で1年延期で、8月4日、25日、9月23日のzoomでの連続研究会を無事に終えて、最後の「多和田葉子の演劇『夜ヒカル鶴の仮面』劇場実験&フォーラム」の10月末開催の日程と詳細も決まりました。

そのチラシも素敵に出来上がりましたので、ここにも転載させて頂きます。

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多和田葉子の演劇『夜ヒカル鶴の仮面』劇場実験&フォーラム

日本語とドイツ語で創作する作家・多和田葉子。近年、多和田の戯曲上演に取り組んでいる演出家・川口智子が、“失われている弔い”を探して多和田の初期戯曲『夜ヒカル鶴の仮面』を上演します。

8月~9月にかけてオンラインで行われた「多和田葉子の演劇」連続研究会の締めくくりとして、研究者と実演家が一堂に会するフォーラムを行います。

 

【劇場実験】『夜ヒカル鶴の仮面』

  2021年10月30日(土)  16:00 開始

  川口智子(演出家)+劇場実験出演者

 

【フォーラム】「多和田葉子の演劇」

  2021年10月31日(日)  13:00 開始

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日時:2021年10月30日(土)/31日(日)

会場:京都芸術劇場 春秋座搬入口&ロビー

料金:入場無料(劇場実験・フォーラムとも/定員あり/要予約)

2021年10月1日(金)よりご予約開始

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チラシ掲載だけでは読みにくいでしょうから、主な企画推進者4名の文章を大きくして転載します。研究代表者の私だけでなく、それぞれ立ち位置の違う4人の主要メンバーの言葉を並べたほうが、実態がわかっていただけるかと思いますので…本番までの準備作業として、ご笑読ご堪能ください。

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多和田葉子の文学営為の自在さへの演劇実験現場からの応答

       谷川道子東京外国語大学名誉教授/研究代表者)

多和田葉子さんの作品は、どれもそれぞれに不思議だけれど、この『夜ヒカル鶴の仮面』はことに私には特別興味深い。理由はいくつもあるが、思いつくままに。

1.これが作家としては初めての多和田の戯曲であること。

2.その成立史についての多和田の解説「この戯曲について」にはこうある: 1990年ころに「演出家のピンダー氏がわたしに脚本を一つ書かないかと言ってきた。…でも何度か頼まれるうちに〈もしわたしが脚本を書くとしたら、こういう風に書きたい〉と口から偉そうにデマカセをしゃべるようになってきた。しゃべっているうちに本当に書きたくなってきた」。「内容的には、ひとつどうしても戯曲という形で書きたいものがあった」、「それは、自分のお葬式のシナリオ。わたしが死んだら、わたしの死体を使って、この戯曲を上演してくださいと遺書に書こうと思った」。1993年秋にオーストリアグラーツ市で初演。「シュタイアーマルクの秋」という芸術祭の一環で、ベルリン、ハンブルクでも上演され、批評は両極に分かれたというが、多和田としては「読み返すと、生きるのが楽しくなってくる」作品だという。そう、難解なのだが、不思議に楽しい。

3.1990〜93年というのは、多和田が1982年に渡独して1990年にハンブルク大学修士論文「『ハムレットマシーン(HM)』(と)の読みの旅」を書き始め、90年に東京で開催されたIVG[国際ドイツ文学学会]でそのHMの作者であるハイナー・ミュラーの前で「ハイナー・ミュラーと能」について独逸語で発表し、11月に提出した見事な修論の第5章は「『HM』と日本の能演劇」で締めくくられている。そのさなかで構想されたこの『夜ヒカル鶴の仮面』は、思うに多和田流の夢幻能の遊びではなかろうか。

4.しかもこの間に、1992年には『かかとをなくして』で群像新人文学賞を、1993年には『犬婿入り』で芥川賞も受賞。そして同年秋に『夜ヒカル鶴の仮面』の初演。

5.この90〜93年の多彩多産ぶりは一体何なのだと驚嘆する。それは今なお続いている。多和田葉子にとってそれらの文学営為の間には、壁はないのではないだろうか。

 私の脳内劇場では1990年に、実際には2018年頃に、多和田の修論の共同訳作業を開始して始動したTMP(Tawada・Mueller・Projekt)は、まずは『多和田葉子/ハイナー・ミュラー 〜演劇表象の現場』(東京外語大出版界、2019)と『多和田葉子の〈演劇〉を読む』(論創社、2020)の2巻本に結実したが、コロナ禍を挟んでもめげずに、この2021年10月末の京都芸術大学での「劇場実験」企画での公演として結実することとなった。

 「アジア他言語版上演」を目指しつつ、コロナ禍で工夫変更を余儀なくされた経緯は演出担当の川口智子から、「劇場実験」としての研究会や企画会議や「フォーラム」までの経緯は中心的に主導してきた師弟コンビの小松原由里と斎藤明仁の解説をご参照頂きたい。コロナ禍のおかげで2019年のリーディング公演から、実現可能性や解釈可能性をめぐっての模索や考察、深化展開の2年の猶予・余裕の時間が与えられたことに、寧ろ感謝すべきかもしれない。ともに支えて頑張ってくださった様々な皆様にも心から感謝を!!

 

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『夜ヒカル鶴の仮面』の実験性

           小松原由里上智大学准教授/研究分担者)

 多和田葉子の文学営為そのものに内在した演劇性を早くから指摘していた谷川道子が、その著書『演劇の未来形』(東京外国語大学出版会)で、同じく探求していたのが「演劇の未来形」へのまなざし、表象の現場への接近、さらには次世代の演劇への希望だった。TMP、つまりハイナー・ミュラーの戯曲と多和田葉子の戯曲が、その文脈において単に日本とドイツの演劇研究の裾野を広げるという矮小化された意図ではなく、多和田がミュラーを再読したように、現代の日本がいかに過去から未来へと読み直せるのかという、とてもラディカルな挑戦でもあった。恩師のこの壮大な意図を汲みとるのに不肖の教え子には時間がずいぶんかかったのだが、コロナ禍によって停止した時間のおかげで、少しずつだが咀嚼できてきたように思う。とりわけ『夜ヒカル鶴の仮面』は勤務する大学の授業でもとりあげる機会があったのだが、そこで学生たちの感性には良い刺激をもらった。なかでもそんな新たな息吹の代名詞でもある斎藤明仁さんと、恩師谷川との異世代交流が実現できたことは、実り豊かな副産物であった。TMPと、何より京都芸術大学の実験的演劇研究プロジェクトに改めて感謝申し上げたい。

 

 2019年10月、日本では初披露となったくにたち市民芸術小ホールでの川口智子演出によるリーディング劇は衝撃だった。テクストに埋没しない言葉たちの量感を大切にしてきた作家多和田葉子の意図を、ペイント・パフォーマンス=「画」を描くことという動作で拾い上げ、お通夜の舞台に似つかわしくない登場人物の終わりのないノイズを、ラップ音楽の多声性に転換して見せた。声の要素でいえば、実際の仮面という再現手段を使用しないことで、一つの個体としての人間に宿る物語的な多重性が、声の変容のからくりのなかで顕現化されていった。亀も鶴も犬も、実際に観客の面前に舞い降りた。川口の舞台は、一人の作家の声に耳を澄ませ、その「空間と時間を演出する」ことだという。舞台化という実際現場で川口は、作家とは遠く隔たった場所で、そのテクストを再構成するのではなく、その声を再構成しているわけだ。しかしその行為は、実は研究の現場とそれほど変わりはないのかもしれない。もちろん研究者は作家研究を、観客の前で論文発表としてプレゼンテーションすることはあるかもしれないが、最終的に言葉から離れた誰かの身体、あるいはモノを通して表現することはない。しかし、作家の声に耳を澄ませることは同じ地平の出来事だ。この両者が手を組んだ時、それぞれにどんな影響関係が出るのだろうか──紆余曲折を経て、畑違いの両者が、多和田葉子の戯曲を通して同じくその声に耳を澄ませることを目的に、3度に渡る連続研究会を企画することになった(8月4日、25日、9月13日)。

 プレトークでもアフタートークでもなく、演出家、俳優、批評家、研究者が一堂に会して、ああでもない、こうでもないと一つの戯曲を議論する場は、実はこれまでそんなになかったのではないかと思う。しかもこの研究会は、リーディング劇を飛び出し、上演化という共通の「お産」に向かっている。この「お産」は、二つの卵──「上演」と「フォーラム」を産むよう、川口によって企図されているらしい。戯曲『夜ヒカル鶴の仮面』の匂いたつ前衛性に負けないぐらい、本プロジェクトの企画はどこまでも実験的で多声的な試みのようだ。

 

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宵トモル姉の顔 ─『夜ヒカル鶴の仮面』の再読にもならない

          斎藤明仁 上智大学4年生)

研究者でも演劇現場の者でもない無名の(ような)私がこの場にコメントを寄せることをお許しください。 

 弔いの儀式は基本的に生者のためのものであって、死者のためと偽って死に後れた生者がこれからを生きるために、死者のためと口実に疎遠だった親戚友人と強引に縁を戻すために、そういうエゴイスムが暗黙の諒解として存在する。過去の清算、非日常への小旅行、へべれけ、へべれけ。

 『夜ヒカル鶴の仮面』は云うまでもなく、(見かけには)姉という存在を弔っている。はじめこそ生者のためのように思えるが、しかしこの弔いは姉の言葉からも分かる通り生者のためには開かれていない。姉の死を契機に誰も対話をしており、同時に誰も「も・のろって」いる。その両面性が気づけば彼らの言葉を呪術へと変化させる原動力ともなっているようである。亡霊か生霊か或いは姉そのものか、兎にも角にも姉を呼び出す呪術である。姉さん姉さんという言葉が聲が音が(ノイズが)テクストに舞台空間に其処此処に反響する。響いて、喰って、啼いている。新たしき産聲をあげるための場所を求めて彷徨っては、それはやがて読者観客誰彼の身体に蝟集して、それでも響くことを止めない。そう云えば、弔いと出産の儀式には多くの酷似するところが見つかる。誰もが「姉さん」を妊娠することになるだろう。或いは「姉さん」から離れようとするわけにはいかないようである。寧ろ誰が離れられようか。ところで「姉さん」とは誰。

 三回に亘る研究会は、研究者・批評家・演出家・俳優など様様な視点からの考察が繚乱、贅を尽くしたものであった。不意に発される言葉が中空に、けれどとてつもないエネルギーを持ってにわかに広がっていくその様は留まるところを知らない。辿り着いたのは研究と演劇現場の三日の夜。葬式をするのに結婚とは不謹慎だろうか。

 未曾有の世界的危機により延期された本プロジェクトには、とびいりであったにもかかわらず素晴らしい御縁に恵まれた。研究会での全ての皆様に、またプロジェクトの母体である京都芸術大学の前衛的な取り組みに、何よりも私を推薦してくださった恩師小松原由里先生、プロジェクトの中心であり多和田演劇の導き手でもある谷川道子先生、川口智子さんにとびきりの感謝を申し上げる。また育まれた営みが連綿と続いていくことを切に願う。

 最後に、極めて個人的なことであるが、1993年(日本語の初版は94年であるが)という時代に、幸か不幸か筆者はこの世に産み落とされていない。つまり、本作品の発表が「現在」であった時間を体験していない。その意味では民話とも『古事記』とも、カフカツェランミュラーの著作とも全く同じ地平に置かれている。だからこそ、また「無名」にも近くある私たちだからこそ、異なった海に漕ぎ出していけるのではないのだろうか。そのような役割を担っていける/そのような役割しか担っていけないのではなかろうか。波音はすぐ其処にあるのにどうしてこの海は遠いけれど、闇に脳味噌をつかまれないうちに。どうかどうか。

 

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多言語の夢〜『夜ヒカル鶴の仮面』上演に向けて〜

          川口智子 (演出家)

知らない言語を聞くのは楽しい。電車の中でも、道端でも、夢の中でも、馴れない音やリズムが聞こえてくると思わず聞き入ってしまう。目を閉じて街を歩くのに似ている。触れたものが何かを知りたいというよりは、そのものに出会った感触だけを楽しむ。言葉が意味から離れて、音楽と声になる時。

 2012年ごろから想い描いてきた多言語の演劇と、多和田葉子さんの戯曲『夜ヒカル鶴の仮面』が結びついたのが2019年の夏。アーティストたちと稽古場で言葉を探しながら多言語の上演を目指そうと、タイの俳優・バム(Setsiri Nirandara)、マレーシアの音楽家・フィッシュ(Lim Yun Xin)、香港のダンサー・テリー(曾景輝)、そしてここ数年たくさんの上演を一緒につくってきた滝本直子と5人で京都に滞在制作するプランをつくった。“劇場実験”という可能性の元に、めちゃくちゃに散らかった言葉のおもちゃ箱のようなお通夜の演劇をつくろうと思った。弔いの仕方を忘れてしまった人たちが、その言葉を探す旅。

 新型コロナウィルスの世界的な感染拡大を受けて、企画を2020年秋から2021年の秋に延期し招へいの可能性を待った。実現のためにどういう状況を整えるべきか、京都芸術大学舞台芸術研究センターのみなさんの心強い併走をいただきながら、アーティストたちと連絡をとり続けた。入国に向けての準備もしていた。しかし現状では日本に来てもらうことは難しいと判断し、今年の秋の上演に向けては国内にいるメンバーで制作をすることに決めた。不安定な状況の中で、企画実現に向けて動いてくれた企画協力者たち、紹介者の方々、そして多言語版プランを楽しみにしてくださり、国内盤の上演に向けても応援のメッセージをくださった多和田葉子さんにあらためてお礼を伝えたい。

 結論をギリギリまで引っ張りながら、引っかかっていたのは“多言語”ということだった。企画に掲げたキーイメージがこの1年半ですっかりその性質を変えてしまったことに戸惑っていた。私にとって多言語の演劇とは謎解きのような不思議な魅力を持つ遊びの演劇だった。わからない言葉、美しい響きの中でどこか違う方向に紛れ込んでしまってもいい、多和田さんの小説を読んでいる時のよう。ところが、今、多言語にはその朗らかな遊びのイメージがなくなり、代わりに人の属性を切り離して消費するような嫌なラベルのようなものがべったりと貼られたように感じて、息苦しく思うようになった。しばらく、このイライラが続くだろう。

 不安と息苦しさを抱えたまま、友人たちと連絡をとりはじめた。「ちょっとお願いがあるのだけど、今、多言語の劇の準備をしてるんだけどね、アーティストを呼ぶのが難しくなりそうで、それで、オンラインでお葬式と乾坤式についてのインタビューをしたいのだけど……」とメッセージを送る。「結婚式場でカメラマンをやってたって知ってた?」とか、「じゃあ、日本のごはんを画面越しに準備しておいてね」とか、そんな返事をもらう。東京で、沖縄で、香港で出会った人たち。どこか別の場所、たとえばシンガポールや韓国や台湾でまた会って、一緒にご飯を食べる人たち。行ったことのない部屋の風景を見ながら、近づけない距離を感じながら、知っていることを話してもらうというよりは、弔いという行為が何を必要としているのか、婚礼という行為が何を意味しようとしているのか、一緒に考える時間。町の中で結婚式を見かける? 通りかかったら何かすることある? じゃあ、お葬式は? お隣の人が亡くなったって、どうやってわかる?

 同時に、この「演劇実験」の醍醐味である研究チームとのやり取りも活発になった。研究代表の谷川道子先生には企画全体を力強く引っ張っていただき、小松原由里さんと斎藤明仁さんのスピーディーかつスリリングな進行で、「多和田葉子の演劇」をめぐる研究会が始まった。オンラインで時を共にしながら、戯曲『夜ヒカル鶴の仮面』を解きほぐし謎を楽しむ。これから制作に取り組む俳優たちにも加わってもらい、通常の稽古開始前では考えられないほど多くの人と対話をしながら、このプロセスがもう「つくる場」」になり始めている。

 ないものをつくろうとするうちに、つくっているのはつくる場そのものだったことに気づく。今、その場は、人の死と向き合うための弔いの場でもある。ひとつの言語だけではわからなくなってしまった弔いの言葉を探すのは生者の劇場かもしれない。

 

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【劇場実験】『夜ヒカル鶴の仮面』

日時:2021年10月30日(土)  16:00 開始

会場:京都芸術劇場 春秋座搬入口

 

作    :多和田葉子

演出・美術:川口智子

出演   :滝本直子(劇団黒テント) 

                     武者匠(劇団 短距離男道ミサイル) 

                     中西星羅 

                     山田宗一郎

映像   :北川未来

舞台監督 :横山弘之(有限会社アイジャクス)

リサーチ・アシスタント:斎藤明仁上智大学

上演アシスタント   :奥田知叡(京都芸術大学大学院)

 

企画協力:Original Collaborator:Lim Yun Xin(作曲家・音響家/マレーシア)、Setsiri Nirandara (俳優/タイ)、曾景輝(振付家・コンテンポラリーダンサー/香港)、滝本直子(俳優/日本)

インタビュー協力:黄飛鵬(映画監督/香港)、Benjamin Ho(Paper Monkey Theatre/シンガポール)、Ladda Kongdach(Crescent Moon Theatre/タイ)、Sandee Chew(俳優/マレーシア)、桂薛媛元(立教大学大学院/中国)、黄丹丹(立教大学大学院/中国)、周浚鵬(俳優/台湾)、林孟寰(劇作家、演出家/台湾)、鵜澤光(能楽師・銕仙会/日本)、鄭慶一(ディレクター/在日韓国人3.5世)、崔貴蓮(韓服「蓮yeoni」/在日韓国人3世)、王侯偉(粵劇俳優/香港)

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【フォーラム】「多和田葉子の演劇」 

日時:2021年10月31日(日)  13:00 開始

会場:京都芸術大学 ロビー

 

登壇者:谷川道子(東京外国語大学名誉教授)

    土屋勝彦(名古屋学院大学教授)

    小松原由理(上智大学准教授)

    谷口幸代(お茶の水女子大学准教授)

    關智子(早稲田大学非常勤講師他)

    斎藤明仁上智大学

    和田ながら(演出家)

    川口智子(演出家)+劇場実験出演者

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日時:2021年10月30日(土)/31日(日)

会場:京都芸術劇場 春秋座搬入口&ロビー

料金:入場無料(劇場実験・フォーラムとも/定員あり/要予約)

2021年10月1日(金)よりご予約開始

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主催:学校法人瓜生山学園 京都芸術大学舞台芸術作品の創造・受容のための領域横断的・実践的研究拠点>2020年度劇場実験Ⅰ(延期分)「多和田葉子の演劇 ~連続研究会と『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版ワーク・イン・プログレス上演~」研究代表者:谷川道子

協力:公益財団法人 くにたち文化・スポーツ振興財団、上智大学 ヨーロッパ研究所

TMP(多和田/ミュラー・プロジェクト)の現在とこれからの展開

 いまだ先の読めないコロナ禍状況ですが、それでもできることをこの間に頑張って探って、ご承知のように2冊の多和田演劇本を上梓しました。

 1冊目は2020年10月に東京外語大出版会から刊行された『多和田葉子ハイナー・ミュラー 演劇表象の現場』。この本に関しては2021年2月13日号の「図書新聞」に、ドイツ語圏演劇研究の寺尾格氏が、見事な書評を書いて下さいました。題して「書物のパフォーマンス性~多和田葉子の文学活動の原点に何があったのか」。以下、掲載させて頂きます。寺尾氏はこの3月に専修大学を定年退職、その最終講義でもこの本について言及されて、有難かったです。

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 2冊目の『多和田葉子の〈演劇〉を読む』は、その姉妹ペア本として、2021年1月に論創社から刊行されました。装丁家宗利淳一氏の渾身の作で、「ミュラー墓前の多和田葉子」の写真を活かして素敵な姉妹2冊本として仕上がったのですが、版元が異なるとあわせての宣伝・書評は難しいらしく、中々批評などでも取り上げられない中、週刊「読書人」から、2冊本刊行記念として、多和田葉子さんと編者である私とのリモート対談を提案され、4月半ばに久しぶりの対話となり、編集者角南範子さんの素敵なレイアウトで、連休明け5月7日号に掲載の運びとなりました。題して「多和田葉子の〈世界劇場〉を遊ぶ」。5月7日号公刊です。その「読書人」HP宣伝サイトから覗いて下さい。

dokushojin.com

 

 さて、ここからは今後これからの展開です。

 2021年5月19日に、刊行記念行事の一環として、東京外語大学で山口裕之+沼野恭子両先生の企画として、Zoomウェビナーでのリモートによる多和田葉子のワークショップと朗読会「海を越える『献灯使』~翻訳の中で声となる言葉たち」が開催されますので、そのチラシを掲載します。一般公開されますが、定員500名です。是非お申し込みを!

www.tufs.ac.jp

 
 もう一つは、今秋に1年延期となった、京都芸術大学の〈舞台芸術作品の創造・受容のための領域横断的・実践的研究拠点・劇場実験型公募研究>に採択された「多和田葉子の演劇~連続研究会と『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版ワーク・イン・プログレス」。上演は10月末の予定ですが、その中間研究発表会が5月30日にZoomリモート会議として開催予定(非公開)。コロナ禍の状況でどこまで何が可能かの手探り途上。無事に本番が開催されることを願って、谷川道子と川口智子で参加の予定。

 TMPはまだ続いていくことと思いますが、今はとりあえず以上です。

SPACの宮城聰演出の『ハムレット』、もろもろ

  今年2月初め、思い立って新幹線日帰りで、初めて宮城聰(1959~)演出の『ハムレット』を観に出かけた。『ハムレット』は宮城氏にとっても因縁の、縁の深い作品だということは聞いていたのだが、観る機会を逸していたからだ。

 1990年に劇団「ク・ナウカ」を立ち上げたときの旗揚げ公演が『ハムレット』だったし、2007年にSPAC(静岡県舞台芸術センター)の芸術総監督に就任した翌2008年にもSPAC版『ハムレット』を発表。今回の2021年春のSPAC版『ハムレット』は、基本的に中高生鑑賞事業として静岡県各地で上演される、その皮切りに静岡芸術劇場で一般公演されたものだった。出演者も二つのチームに分けられて、互いの公演でアンダースタディを担いあうという構成らしい。「中高生のみなさんへ」というパンフもある。なるほどと…。

 以下、もろもろのことを考えたので、これからご覧になる方へのネタバレになってしまうかと案じながらも、何せ『ハムレット』なので、To be or not to be? とお許し願う。

 

 「ク・ナウカ」は旗揚げの時からすでに、主演俳優は台詞を言わずに役の動きに専念するムーバーと、そのわきで台詞の発声に専念するスピーカーに分かれる「言/動分離」と、俳優による打楽器演奏を織り交ぜる人形浄瑠璃のような手法を追求し、かつ劇場以外の様々な印象的な土地や場所での上演という姿勢で、シェイクスピア劇やギリシア悲劇泉鏡花三島由紀夫の作品などを上演して、湯島聖堂中庭や旧細川侯爵邸(和敬塾本館)など、けっこう若い私も追っかけたものだった。彼らはチベットやニューヨークなど世界各地までも旅公演を展開していた。さらに思えば、近代演劇の箱型劇場での戯曲リアリズム再現演劇の定式に真っ向から外れる、それ以前のどこかあでやかな旅芸人一座のような趣もあったか。

 SPAC芸術総監督就任以降は、それと真逆の静岡芸術劇場を本拠地とする、世界に拓かれた県立劇場としての様々な活動を引き受けざるを得ない。なんせ出発点が、鈴木忠志率いる1999年の20か国42作品参加の「第2回シアター・オリンピックス」の開催地だった。鈴木氏の育てたSPACという劇団俳優たちもいた。宮城聰演出のこれまでの「言/動分離」の手法なども進化展開させつつ、新たな地平を探っていくこととなった。

 推察するに、『ハムレット』がその節々での探りの契機になったのかもしれない。原作が初演されたらしい1600年頃というのは、民衆演劇の中からシェイクスピアやマーロウといった劇作家が活躍できるグローブ座のような芝居小屋ができて〈演劇〉が盛んになり始めるエリザベス王朝時代、日本では江戸時代の始まりに人形浄瑠璃近松歌舞伎などの創始者とされる出雲の阿国歌舞伎が人気になった時代である。そんな時代に、「お前は/俺は誰だ?」「演劇とは何だ」と問いかけるような『ハムレットH』なる作品が創られたということ自体が凄い。本当はどうだったのだろうかと、問い直したくもなる。それから400年余もの間、『ハムレット』は問い直され、上演され続けてきたわけだ。そしてとどめが、ハイナー・ミュラー(1929~1995)作の脱構築化された極小のテキスト『ハムレットマシーンHM』(1977)だったろうか? 

 今回のSPAC『ハムレット』の上演パンフレット「劇場文化」に書かれているのが、演出家宮城聰の「That is the question」と題する小文と、宮城聰研究家といってもいい(もっかその宮城聰演出の英語書籍を執筆中という)エグリントンみか氏の「時代と自己を映す/疑う鏡としてのハムレットク・ナウカ旗揚げ公演からSPAC公演へ」と題する文章である。「ク・ナウカ」とは、『空想から科学へ』のロシア語「オト・ウトピー・ク・ナウカ」の後半部分で、バブル演劇後の1990年に、ゴルバチョフ政権や空想的社会主義への皮肉的なオマージュとして旗揚げされたのだという。そういうことかと教えられた。それこそ、同じ1990年に東ベルリン・ドイツ座での、ミュラー演出の、H に HM を挿入合体させた『ハムレット/マシーンH/M』への、宮城聰流の無意識の共振ではなかったか。

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SPAC『ハムレット

 今回観たSPAC版『ハムレット』は、小田島雄志訳の登場人物と戯曲を100分間に切り詰めた舞台で、真ん中に能舞台を想起させる方形の白布が美しく多彩な照明を受けて場面転換しながら、戦国時代を想起させる衣装で、荒武者のごとく「自分とは誰だ?」と問いかけるハムレットの脳内劇場の自爆的な引きこもり空間を浮かび上がらせる。そう、近代的自我の切ない独り相撲とは、そういうことかもしれないなと思わせる。

 それを取り囲む外界としては、俺を殺して妻と王位を寝取った弟叔父に復讐してくれと依願・命令するハムレットの父王の亡霊はもはや登場しない。「本当の父は突然死んでしまってはぐれてしまった」。つまり僕は「世界とはぐれた孤独な父なし子」だ!

 そして宮城聰演出の『ハムレット』は、原作では最後に登場する敵国の青年王フォーティンブラスの代わりに、第二次大戦後の日本に爆撃音とともにやってきた占領国最高司令官マッカーサーを登場させたのだ。宮城はパンフレットでこう書いている。第二次世界大戦直後の日本人を描いたアメリカの研究者ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて(Embracing Defeat)』の日本語訳が2001年に刊行されたときの反響振りを思い合わせたと。私もこの訳書を引っ張り出してあらためて読み直した。すでにこういう本が1999年にアメリカで書かれてピュリツアー賞まで得ていたのだと、我が戦後の75年を思い返す。我々は唯々諾々と「本当の父の代理」としてマッカーサーを受け入れ続けたハムレットだったか。

 ただ、今の「中高生のみなさん」がそういうことを、果たしてどこまで分かってくれるのだろう。SPAC版『ハムレット』を中高生鑑賞事業とした宮城聰氏の思いは充分に分かる。いや、宮城氏の言う通り、『ハムレット』は「解答ではなく、疑問を表現している芝居」、謎かけの塊だ。自分や父の亡霊やフォーティンブラスとはそも何者かは、原作でも謎なのだし。我々全員がまずはそれを考えるべきなのだろう。戦争と近代演劇のレガシーとしての『ハムレットH』の再読と受け止め方を。我々自身のHMを !! 正解はない。探るしかない。

 おそらくそれが、「時代と自己を映す/疑う鏡」としての、演劇の面白さなのだろう。

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賀正 2021! 

祝刊行! 

  岡田蕗子著
『岸田理生の劇世界~アングラから国境を超える演劇へ』

  谷川道子+谷口幸代編
多和田葉子の〈演劇〉を読む』

 

 まことに遅ればせながら、まずは賀正2021! 年賀状もそのお返事もままならないご無礼も久しいのですが、ともあれ新年の年賀ブログメールを! この地球上にいまなお高齢者の我が身が存在し得ている意味の不思議さと有難さと、さまざまな問いかけも実感した、たしかに特別なコロナ禍の昨2020年でした。

 ことに表象の地平では、何がリアルで何がヴァーチャル(VR)か、何がファクトで何がフェイクか、オルタナティブ・ファクト? パラレルユニバース?

 生活の地平でも、オンライン教育、ズーム会議? リモート飲み会? リモート葬儀? ついていけずに置いてきぼり感に立ち尽くしつつ、退職後で良かったと漏らしてもいられない、これがニューノーマル・ライフ? ポストコロナで何がどう変わっていくのか。地球の46億年の歴史の中で、人類史は1億年にも満たないニューカマー! きっと神様の警告のこのイエローカードは、しばらくは本気でじっくり考え続けなくてはならない課題、難問なのでしょう。

 ということで、新年ですからめでたくいきたいと、祝刊行 !!! 

 まずは岡田蕗子著『岸田理生の劇世界~アングラから国境を超える演劇へ』!

劇作家岸田理生(1946=2003)についてはこのブログ2017年6月24日に「岸田理生とリオフェスのこと」で紹介しているのでそちらをご参照ください。70年代には寺山修司率いる天井桟敷でアングラ演劇の最盛期を同伴しつつ、自ら可以劇場、岸田事務所、岸田カンパニー等を結成し、80年代に岸田戯曲賞の『糸地獄』を頂点とする女であることと日本の近代を流麗な文体で真正面から問う戯曲群で女性劇作家の時代(秋本松代を先駆に如月小春、永井愛、渡辺えり等々)を牽引し、90年代にはそこからHMPや韓国・アジアとの「国境を超える演劇」へと果敢に挑戦していった。

 同年生まれの私が出会ったのはそういう1990年春。劇評家西堂行人を核にアメリカ演劇の内野儀、ドイツ演劇の私と演出家鈴木絢士と劇作家岸田の五人で結成されたHMP(ハムレットマシーン・プロジェクト)が初対面だった。東中野のリオさん宅で月に何度かミュラー研究会を重ねて、翻訳・紹介・討議・上演・シンポジウムなどで日本演劇を世界演劇の地平で問い直す活動を各地で巡回しつつ続けていった。2003年の中国や韓国からの参加も含めた18劇団の大掛かりな「ハイナー・ミュラー・ザ・ワールド」が最後のイベントだったろうか。

 リオさんとはベルリンや韓国ソウルにも一緒に旅したが、90年代の活動は瞠目すべきものだった。新機軸の劇作に演出、如月小春さんの無念の逝去後にアジア女性演劇人会議の会長代行も引き受け、シンガポールの演出家オン・ケンセンと組んだ多国籍言語版の実験劇、シェイクスピア原作を大胆に脱構築した『リア』や『デスデモーナ』への舞台化と世界巡演、等々…。討ち死にするかのように2001年に倒れて2003年に無念の逝去。没後に宗方駿を代表に、「理生さんを偲ぶ会」が結成され、『岸田理生戯曲集』全3巻の刊行に、毎年初夏に2004年から「岸田理生作品連続上演」、2007年からは「岸田理生アヴァンギャルド・フェス、テイバル(通称リオフェス)」となって、2018年で第12回を迎えていた。

 そういう岸田理生の劇世界を、10年かけて2018年に博士論文としてまとめて2021年1月4日(岸田75歳の誕生日)に大阪大学出版会から刊行したのが、岡田蕗子である。  

 1986年生まれで、大阪大学インド哲学研究室で儀礼を扱うウバニシャッド文献の、特に身体と、視覚、聴覚、言語、思考の身体諸機能の関係性について研究中に、その統括者であるブラーナ(息)への関心から演劇に関心を持ち、ちょうど関西の劇団hmpが岸田理生の『糸地獄』を軸に、岸田理生の世界観を「見るおとぎ話」として再構成した笠井友仁構成演出の2006年初演の『Rio』に役者として参加することになる。hmpとは近畿大学の演劇科で教鞭をとることになった西堂氏の学生たちがHMPへのオマージュとして1999年に立ち上げられた研究会だという。

 稽古場でリリカルな岸田戯曲の言葉に過剰な呼吸音や死者を連想させる集団歩行、激しい足踏みなどを組み合わせていって、戯曲の言葉が声と体を通して立体的に一つの世界に立ち上がっていく過程の魅力に、岡田は演劇と岸田理生の世界へと誘われていった。そこでは古代インドの文献のブラーナが存在感を得ていくようで、何故それが母殺しの物語を表現するのか、という謎。言葉の創世力を疑わないインドの詩人たちの世界認識と自らの世界認識地平が重なっていって、『Rio』の2006年の上演は演劇学科への移籍と岸田理生研究のテーマの創始となって、10年後の2017年にこの博士論文完成と刊行へ至ったという。

 戯曲や上演から演劇研究に向かう従来の姿勢とは何かが決定的に違う。「リオ」を自らの体験も含めた幾重もの層を重ねて再構成していくかのこういう成立経緯がユニークで、逆にリアルで面白く、最期の年月を同伴したはずの私にはとても見えなかった岸田理生の劇世界を楽しませてもらった。「偲ぶ会」のメンバーの協力や関係者たちへのインタビュー、没後のリオフェス10数年の歴史的な蓄積や様々な皆の想いなども凝縮した、岸田理生研究の、また新地平の演劇研究の礎石であろう。500頁に近い赤や青に光るかの美しい本書の、内容についてもまだまだ書き足りないのだが、未刊行初期作品や手話劇の試み、詳細な年譜、「共有ではなく分有を」という概念、等々、どうか、手に取ってご堪能頂きたい。

 あ、付言:この新春の理生さん誕生日の刊行日1月4日に、岡田蕗子さんを囲んで、ズーム飲み会で刊行祝いのリモート対話を十数人で楽しんだ。リオフェスも、昨年はコロナ禍で中止したが、今年以降についても話題になった。

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岡田蕗子 著『岸田理生の劇世界  アングラから国境を越える演劇へ』(大阪大学出版会)



  2冊目の祝刊行は、もう書く余白がなくなったが、同じ新春1月8日に論創社より刊行された、谷川道子+谷口幸代編『多和田葉子の〈演劇〉を読む』。

 前回2020年10月24日のブログで紹介した、TMPの最初の活動成果をまとめた外語大出版会から刊行の『多和田葉子/ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』のいわばペア本としての第2弾である。出版元を異にしながらこういう連係ができたことに、関係者方に感謝したい。表紙も同じシーンの写真をアレンジして使いつつ、大きさも佇まいも装丁家宗利淳一氏の力量で、姉妹本の趣き満載である。

 多和田ファンには初の演劇関連本として、なおさらに喜んでいただけるだろう。外語大本がTawadaとMűllerの関係性にフォーカスしたので、「多和田〈演劇〉とは何か」にフォーカスした姉妹本を、京都芸大での多和田戯曲多国籍上演企画にあわせて刊行しようとしたが、コロナ禍で来年度に上演延期になったので、刊行だけはと頑張って、新春の1月8日付けで刊行された。

 長くなりすぎるので、内容の紹介も含めたチラシを掲載させて頂く。こちらも是非に、どうか手に取って、ご堪能下さいますよう、お願いします !!!

 

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『多和田葉子/ハイナー・ミュラー 〜演劇表象の現場〜』 ついに刊行!

 2019年春に何とか始動したTMP(多和田/ミュラー・プロジェクト)。さまざまな探りやパフォーマンスをはさみつつ、コロナ禍の中断などもありながら、必死でここまでやって来れた。様々な方の援助を得る中で、その1年間の集大成としての思いを込めて、ついに東京外語大からこの10月30日に刊行を迎えたのが、本書である。総ページ500頁、ミュラーの墓前での多和田葉子の最新の写真を表紙として、渾身の思いで装丁してくれたのが、宗利淳一氏。ぜひ手に取って堪能して頂ければと---。11月中にはさらに、『多和田葉子の〈演劇〉を読む』が、論創社より刊行の予定である。2冊の「多和田演劇ペア本」として、楽しんで欲しい。30年の思いはこの2冊に込めた感があり、さらに重ねる言葉もないくらいなので、本書『多和田/ミュラー~演劇表象の現場』の冒頭に置いた「はじめに」をすべてへの導入として、再録させていただく。ぜひご購入を!

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『多和田/ミュラー~演劇表象の現場』

 何故、ハイナー・ミュラー多和田葉子なのだろう。 

 かたや、今はなき東ドイツブレヒトの後継者として、東西体制の壁と文学や演劇のジャンルの壁をともに根底から揺るがして逝った劇作家ハイナー・ミュラーM。かたや二二歳からドイツに渡り、ドイツ(語)と日本(語)の間を壁ぬけするように文学活動を自在に展開し、いまや世界を「ミツバチ葉子」のように飛んで受粉させていく多和田葉子T。この両者の間にどういう関係性の糸が紡がれているというのだろうか。

 アリアドネの導きの糸は、やはり『ハムレットマシーンHM』だ。ミュラーが1977年に『ハムレット』のドイツ語訳上演台本を頼まれて東ベルリン・ドイツ座で上演されたが、「強迫観念」への鬼子のように生まれて西ドイツの演劇雑誌に発表され、「これ、何だ?」と地下浸透のように演劇の根底を揺るがしていったわずか三頁弱の謎の塊のような〈戯曲〉? 「私はハムレットだった」…

 「あ、これだ」と引っかかったのは、多和田葉子も同じだったらしい。しかもあのベルリンの壁まで揺れて壊れた1990年に、ハンブルグ大学での修士論文として書き始めたのが「ハムレットマシーン(と)の〈読みの旅〉」だ。92年に書き上げて九三年に文学修士となった。しかも同じ年にその間に並行して書き上げていた『犬婿入り』で芥川賞受賞! 「何、この凄さ?」と驚かされる。 

 このアリアドネの糸にも導かれた。多和田の修論ハムレットマシーン論」を30年近くも抱え込んで、やっと2019年に共同邦訳して、両国はシアターXでの晩秋のカバレットで『ハムレット・マシーネ~霊話バージョン』まで演じて貰えることとなった。「わたし だった ハムレット/わたし 立った 湘南海岸…」。この二つを合わせ鏡にして、その間の窓からTとMの〈演劇表象の現場〉を考えられるのではないかと思い立ったのが、…TMP。

 

 本書は、そういった謎解きへのチャレンジである。全体の構想は次の通り。

 「序」で、多和田TとミュラーMのおおよその関わりを描述する。

 第Ⅰ部「Relektre/再読行為としての〈読み〉」では、その多和田葉子修士論文ハムレットマシーン(と)の〈読みの旅〉』全邦訳と、それに多和田が書下ろしたエッセイ「私が修論を書いた頃」。そして、それらを受ける形で気鋭の八名の論者にTとMをめぐっての自在な論考を開陳していただいた。旧来の文学規範を超える両者の位相が、万華鏡のように煌めくようだ。

 第Ⅱ部は「Homo Theatralis /TMP (Tawada/Muller/Projekt) /演劇表象の現場から」。TMPは、再読行為である演劇実践の現場との呼応・表象関係の中で、TとMの展開とその射程を現在形で測るべきプロジェクトとして構想された。始動と大枠は2019年春からのやなぎみわ巡回展『神話機械』で、中核が多和田葉子のカバレット『ハムレット・マシーネ~霊話バージョン』の上演台本と、若い世代の多和田演劇上演の演出ノート。コロナ禍もあって、劇団地点のユニークな『ハムレットマシーン』の台本抜粋と、最後はやなぎのMM(MythMachines)の上演台本で締めくくられることとなった。

 

 演劇性とは本来が相互理解と発話・対話・表象のためのものであり、人間には必須必要であるという思いが、〈ホモ・テアトラーリス〉という語には込められている。コロナ禍のいまなおさらに。演劇表象と人間の在り方へのより自在で拓かれた可能性の追求という課題だろうか。

 

 

東京外国語大学出版会