谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

TMP(多和田/ミュラー・プロジェクト)の現在とこれからの展開

 いまだ先の読めないコロナ禍状況ですが、それでもできることをこの間に頑張って探って、ご承知のように2冊の多和田演劇本を上梓しました。

 1冊目は2020年10月に東京外語大出版会から刊行された『多和田葉子ハイナー・ミュラー 演劇表象の現場』。この本に関しては2021年2月13日号の「図書新聞」に、ドイツ語圏演劇研究の寺尾格氏が、見事な書評を書いて下さいました。題して「書物のパフォーマンス性~多和田葉子の文学活動の原点に何があったのか」。以下、掲載させて頂きます。寺尾氏はこの3月に専修大学を定年退職、その最終講義でもこの本について言及されて、有難かったです。

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 2冊目の『多和田葉子の〈演劇〉を読む』は、その姉妹ペア本として、2021年1月に論創社から刊行されました。装丁家宗利淳一氏の渾身の作で、「ミュラー墓前の多和田葉子」の写真を活かして素敵な姉妹2冊本として仕上がったのですが、版元が異なるとあわせての宣伝・書評は難しいらしく、中々批評などでも取り上げられない中、週刊「読書人」から、2冊本刊行記念として、多和田葉子さんと編者である私とのリモート対談を提案され、4月半ばに久しぶりの対話となり、編集者角南範子さんの素敵なレイアウトで、連休明け5月7日号に掲載の運びとなりました。題して「多和田葉子の〈世界劇場〉を遊ぶ」。5月7日号公刊です。その「読書人」HP宣伝サイトから覗いて下さい。

dokushojin.com

 

 さて、ここからは今後これからの展開です。

 2021年5月19日に、刊行記念行事の一環として、東京外語大学で山口裕之+沼野恭子両先生の企画として、Zoomウェビナーでのリモートによる多和田葉子のワークショップと朗読会「海を越える『献灯使』~翻訳の中で声となる言葉たち」が開催されますので、そのチラシを掲載します。一般公開されますが、定員500名です。是非お申し込みを!

www.tufs.ac.jp

 
 もう一つは、今秋に1年延期となった、京都芸術大学の〈舞台芸術作品の創造・受容のための領域横断的・実践的研究拠点・劇場実験型公募研究>に採択された「多和田葉子の演劇~連続研究会と『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版ワーク・イン・プログレス」。上演は10月末の予定ですが、その中間研究発表会が5月30日にZoomリモート会議として開催予定(非公開)。コロナ禍の状況でどこまで何が可能かの手探り途上。無事に本番が開催されることを願って、谷川道子と川口智子で参加の予定。

 TMPはまだ続いていくことと思いますが、今はとりあえず以上です。

SPACの宮城聰演出の『ハムレット』、もろもろ

  今年2月初め、思い立って新幹線日帰りで、初めて宮城聰(1959~)演出の『ハムレット』を観に出かけた。『ハムレット』は宮城氏にとっても因縁の、縁の深い作品だということは聞いていたのだが、観る機会を逸していたからだ。

 1990年に劇団「ク・ナウカ」を立ち上げたときの旗揚げ公演が『ハムレット』だったし、2007年にSPAC(静岡県舞台芸術センター)の芸術総監督に就任した翌2008年にもSPAC版『ハムレット』を発表。今回の2021年春のSPAC版『ハムレット』は、基本的に中高生鑑賞事業として静岡県各地で上演される、その皮切りに静岡芸術劇場で一般公演されたものだった。出演者も二つのチームに分けられて、互いの公演でアンダースタディを担いあうという構成らしい。「中高生のみなさんへ」というパンフもある。なるほどと…。

 以下、もろもろのことを考えたので、これからご覧になる方へのネタバレになってしまうかと案じながらも、何せ『ハムレット』なので、To be or not to be? とお許し願う。

 

 「ク・ナウカ」は旗揚げの時からすでに、主演俳優は台詞を言わずに役の動きに専念するムーバーと、そのわきで台詞の発声に専念するスピーカーに分かれる「言/動分離」と、俳優による打楽器演奏を織り交ぜる人形浄瑠璃のような手法を追求し、かつ劇場以外の様々な印象的な土地や場所での上演という姿勢で、シェイクスピア劇やギリシア悲劇泉鏡花三島由紀夫の作品などを上演して、湯島聖堂中庭や旧細川侯爵邸(和敬塾本館)など、けっこう若い私も追っかけたものだった。彼らはチベットやニューヨークなど世界各地までも旅公演を展開していた。さらに思えば、近代演劇の箱型劇場での戯曲リアリズム再現演劇の定式に真っ向から外れる、それ以前のどこかあでやかな旅芸人一座のような趣もあったか。

 SPAC芸術総監督就任以降は、それと真逆の静岡芸術劇場を本拠地とする、世界に拓かれた県立劇場としての様々な活動を引き受けざるを得ない。なんせ出発点が、鈴木忠志率いる1999年の20か国42作品参加の「第2回シアター・オリンピックス」の開催地だった。鈴木氏の育てたSPACという劇団俳優たちもいた。宮城聰演出のこれまでの「言/動分離」の手法なども進化展開させつつ、新たな地平を探っていくこととなった。

 推察するに、『ハムレット』がその節々での探りの契機になったのかもしれない。原作が初演されたらしい1600年頃というのは、民衆演劇の中からシェイクスピアやマーロウといった劇作家が活躍できるグローブ座のような芝居小屋ができて〈演劇〉が盛んになり始めるエリザベス王朝時代、日本では江戸時代の始まりに人形浄瑠璃近松歌舞伎などの創始者とされる出雲の阿国歌舞伎が人気になった時代である。そんな時代に、「お前は/俺は誰だ?」「演劇とは何だ」と問いかけるような『ハムレットH』なる作品が創られたということ自体が凄い。本当はどうだったのだろうかと、問い直したくもなる。それから400年余もの間、『ハムレット』は問い直され、上演され続けてきたわけだ。そしてとどめが、ハイナー・ミュラー(1929~1995)作の脱構築化された極小のテキスト『ハムレットマシーンHM』(1977)だったろうか? 

 今回のSPAC『ハムレット』の上演パンフレット「劇場文化」に書かれているのが、演出家宮城聰の「That is the question」と題する小文と、宮城聰研究家といってもいい(もっかその宮城聰演出の英語書籍を執筆中という)エグリントンみか氏の「時代と自己を映す/疑う鏡としてのハムレットク・ナウカ旗揚げ公演からSPAC公演へ」と題する文章である。「ク・ナウカ」とは、『空想から科学へ』のロシア語「オト・ウトピー・ク・ナウカ」の後半部分で、バブル演劇後の1990年に、ゴルバチョフ政権や空想的社会主義への皮肉的なオマージュとして旗揚げされたのだという。そういうことかと教えられた。それこそ、同じ1990年に東ベルリン・ドイツ座での、ミュラー演出の、H に HM を挿入合体させた『ハムレット/マシーンH/M』への、宮城聰流の無意識の共振ではなかったか。

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SPAC『ハムレット

 今回観たSPAC版『ハムレット』は、小田島雄志訳の登場人物と戯曲を100分間に切り詰めた舞台で、真ん中に能舞台を想起させる方形の白布が美しく多彩な照明を受けて場面転換しながら、戦国時代を想起させる衣装で、荒武者のごとく「自分とは誰だ?」と問いかけるハムレットの脳内劇場の自爆的な引きこもり空間を浮かび上がらせる。そう、近代的自我の切ない独り相撲とは、そういうことかもしれないなと思わせる。

 それを取り囲む外界としては、俺を殺して妻と王位を寝取った弟叔父に復讐してくれと依願・命令するハムレットの父王の亡霊はもはや登場しない。「本当の父は突然死んでしまってはぐれてしまった」。つまり僕は「世界とはぐれた孤独な父なし子」だ!

 そして宮城聰演出の『ハムレット』は、原作では最後に登場する敵国の青年王フォーティンブラスの代わりに、第二次大戦後の日本に爆撃音とともにやってきた占領国最高司令官マッカーサーを登場させたのだ。宮城はパンフレットでこう書いている。第二次世界大戦直後の日本人を描いたアメリカの研究者ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて(Embracing Defeat)』の日本語訳が2001年に刊行されたときの反響振りを思い合わせたと。私もこの訳書を引っ張り出してあらためて読み直した。すでにこういう本が1999年にアメリカで書かれてピュリツアー賞まで得ていたのだと、我が戦後の75年を思い返す。我々は唯々諾々と「本当の父の代理」としてマッカーサーを受け入れ続けたハムレットだったか。

 ただ、今の「中高生のみなさん」がそういうことを、果たしてどこまで分かってくれるのだろう。SPAC版『ハムレット』を中高生鑑賞事業とした宮城聰氏の思いは充分に分かる。いや、宮城氏の言う通り、『ハムレット』は「解答ではなく、疑問を表現している芝居」、謎かけの塊だ。自分や父の亡霊やフォーティンブラスとはそも何者かは、原作でも謎なのだし。我々全員がまずはそれを考えるべきなのだろう。戦争と近代演劇のレガシーとしての『ハムレットH』の再読と受け止め方を。我々自身のHMを !! 正解はない。探るしかない。

 おそらくそれが、「時代と自己を映す/疑う鏡」としての、演劇の面白さなのだろう。

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賀正 2021! 

祝刊行! 

  岡田蕗子著
『岸田理生の劇世界~アングラから国境を超える演劇へ』

  谷川道子+谷口幸代編
多和田葉子の〈演劇〉を読む』

 

 まことに遅ればせながら、まずは賀正2021! 年賀状もそのお返事もままならないご無礼も久しいのですが、ともあれ新年の年賀ブログメールを! この地球上にいまなお高齢者の我が身が存在し得ている意味の不思議さと有難さと、さまざまな問いかけも実感した、たしかに特別なコロナ禍の昨2020年でした。

 ことに表象の地平では、何がリアルで何がヴァーチャル(VR)か、何がファクトで何がフェイクか、オルタナティブ・ファクト? パラレルユニバース?

 生活の地平でも、オンライン教育、ズーム会議? リモート飲み会? リモート葬儀? ついていけずに置いてきぼり感に立ち尽くしつつ、退職後で良かったと漏らしてもいられない、これがニューノーマル・ライフ? ポストコロナで何がどう変わっていくのか。地球の46億年の歴史の中で、人類史は1億年にも満たないニューカマー! きっと神様の警告のこのイエローカードは、しばらくは本気でじっくり考え続けなくてはならない課題、難問なのでしょう。

 ということで、新年ですからめでたくいきたいと、祝刊行 !!! 

 まずは岡田蕗子著『岸田理生の劇世界~アングラから国境を超える演劇へ』!

劇作家岸田理生(1946=2003)についてはこのブログ2017年6月24日に「岸田理生とリオフェスのこと」で紹介しているのでそちらをご参照ください。70年代には寺山修司率いる天井桟敷でアングラ演劇の最盛期を同伴しつつ、自ら可以劇場、岸田事務所、岸田カンパニー等を結成し、80年代に岸田戯曲賞の『糸地獄』を頂点とする女であることと日本の近代を流麗な文体で真正面から問う戯曲群で女性劇作家の時代(秋本松代を先駆に如月小春、永井愛、渡辺えり等々)を牽引し、90年代にはそこからHMPや韓国・アジアとの「国境を超える演劇」へと果敢に挑戦していった。

 同年生まれの私が出会ったのはそういう1990年春。劇評家西堂行人を核にアメリカ演劇の内野儀、ドイツ演劇の私と演出家鈴木絢士と劇作家岸田の五人で結成されたHMP(ハムレットマシーン・プロジェクト)が初対面だった。東中野のリオさん宅で月に何度かミュラー研究会を重ねて、翻訳・紹介・討議・上演・シンポジウムなどで日本演劇を世界演劇の地平で問い直す活動を各地で巡回しつつ続けていった。2003年の中国や韓国からの参加も含めた18劇団の大掛かりな「ハイナー・ミュラー・ザ・ワールド」が最後のイベントだったろうか。

 リオさんとはベルリンや韓国ソウルにも一緒に旅したが、90年代の活動は瞠目すべきものだった。新機軸の劇作に演出、如月小春さんの無念の逝去後にアジア女性演劇人会議の会長代行も引き受け、シンガポールの演出家オン・ケンセンと組んだ多国籍言語版の実験劇、シェイクスピア原作を大胆に脱構築した『リア』や『デスデモーナ』への舞台化と世界巡演、等々…。討ち死にするかのように2001年に倒れて2003年に無念の逝去。没後に宗方駿を代表に、「理生さんを偲ぶ会」が結成され、『岸田理生戯曲集』全3巻の刊行に、毎年初夏に2004年から「岸田理生作品連続上演」、2007年からは「岸田理生アヴァンギャルド・フェス、テイバル(通称リオフェス)」となって、2018年で第12回を迎えていた。

 そういう岸田理生の劇世界を、10年かけて2018年に博士論文としてまとめて2021年1月4日(岸田75歳の誕生日)に大阪大学出版会から刊行したのが、岡田蕗子である。  

 1986年生まれで、大阪大学インド哲学研究室で儀礼を扱うウバニシャッド文献の、特に身体と、視覚、聴覚、言語、思考の身体諸機能の関係性について研究中に、その統括者であるブラーナ(息)への関心から演劇に関心を持ち、ちょうど関西の劇団hmpが岸田理生の『糸地獄』を軸に、岸田理生の世界観を「見るおとぎ話」として再構成した笠井友仁構成演出の2006年初演の『Rio』に役者として参加することになる。hmpとは近畿大学の演劇科で教鞭をとることになった西堂氏の学生たちがHMPへのオマージュとして1999年に立ち上げられた研究会だという。

 稽古場でリリカルな岸田戯曲の言葉に過剰な呼吸音や死者を連想させる集団歩行、激しい足踏みなどを組み合わせていって、戯曲の言葉が声と体を通して立体的に一つの世界に立ち上がっていく過程の魅力に、岡田は演劇と岸田理生の世界へと誘われていった。そこでは古代インドの文献のブラーナが存在感を得ていくようで、何故それが母殺しの物語を表現するのか、という謎。言葉の創世力を疑わないインドの詩人たちの世界認識と自らの世界認識地平が重なっていって、『Rio』の2006年の上演は演劇学科への移籍と岸田理生研究のテーマの創始となって、10年後の2017年にこの博士論文完成と刊行へ至ったという。

 戯曲や上演から演劇研究に向かう従来の姿勢とは何かが決定的に違う。「リオ」を自らの体験も含めた幾重もの層を重ねて再構成していくかのこういう成立経緯がユニークで、逆にリアルで面白く、最期の年月を同伴したはずの私にはとても見えなかった岸田理生の劇世界を楽しませてもらった。「偲ぶ会」のメンバーの協力や関係者たちへのインタビュー、没後のリオフェス10数年の歴史的な蓄積や様々な皆の想いなども凝縮した、岸田理生研究の、また新地平の演劇研究の礎石であろう。500頁に近い赤や青に光るかの美しい本書の、内容についてもまだまだ書き足りないのだが、未刊行初期作品や手話劇の試み、詳細な年譜、「共有ではなく分有を」という概念、等々、どうか、手に取ってご堪能頂きたい。

 あ、付言:この新春の理生さん誕生日の刊行日1月4日に、岡田蕗子さんを囲んで、ズーム飲み会で刊行祝いのリモート対話を十数人で楽しんだ。リオフェスも、昨年はコロナ禍で中止したが、今年以降についても話題になった。

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岡田蕗子 著『岸田理生の劇世界  アングラから国境を越える演劇へ』(大阪大学出版会)



  2冊目の祝刊行は、もう書く余白がなくなったが、同じ新春1月8日に論創社より刊行された、谷川道子+谷口幸代編『多和田葉子の〈演劇〉を読む』。

 前回2020年10月24日のブログで紹介した、TMPの最初の活動成果をまとめた外語大出版会から刊行の『多和田葉子/ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場』のいわばペア本としての第2弾である。出版元を異にしながらこういう連係ができたことに、関係者方に感謝したい。表紙も同じシーンの写真をアレンジして使いつつ、大きさも佇まいも装丁家宗利淳一氏の力量で、姉妹本の趣き満載である。

 多和田ファンには初の演劇関連本として、なおさらに喜んでいただけるだろう。外語大本がTawadaとMűllerの関係性にフォーカスしたので、「多和田〈演劇〉とは何か」にフォーカスした姉妹本を、京都芸大での多和田戯曲多国籍上演企画にあわせて刊行しようとしたが、コロナ禍で来年度に上演延期になったので、刊行だけはと頑張って、新春の1月8日付けで刊行された。

 長くなりすぎるので、内容の紹介も含めたチラシを掲載させて頂く。こちらも是非に、どうか手に取って、ご堪能下さいますよう、お願いします !!!

 

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『多和田葉子/ハイナー・ミュラー 〜演劇表象の現場〜』 ついに刊行!

 2019年春に何とか始動したTMP(多和田/ミュラー・プロジェクト)。さまざまな探りやパフォーマンスをはさみつつ、コロナ禍の中断などもありながら、必死でここまでやって来れた。様々な方の援助を得る中で、その1年間の集大成としての思いを込めて、ついに東京外語大からこの10月30日に刊行を迎えたのが、本書である。総ページ500頁、ミュラーの墓前での多和田葉子の最新の写真を表紙として、渾身の思いで装丁してくれたのが、宗利淳一氏。ぜひ手に取って堪能して頂ければと---。11月中にはさらに、『多和田葉子の〈演劇〉を読む』が、論創社より刊行の予定である。2冊の「多和田演劇ペア本」として、楽しんで欲しい。30年の思いはこの2冊に込めた感があり、さらに重ねる言葉もないくらいなので、本書『多和田/ミュラー~演劇表象の現場』の冒頭に置いた「はじめに」をすべてへの導入として、再録させていただく。ぜひご購入を!

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『多和田/ミュラー~演劇表象の現場』

 何故、ハイナー・ミュラー多和田葉子なのだろう。 

 かたや、今はなき東ドイツブレヒトの後継者として、東西体制の壁と文学や演劇のジャンルの壁をともに根底から揺るがして逝った劇作家ハイナー・ミュラーM。かたや二二歳からドイツに渡り、ドイツ(語)と日本(語)の間を壁ぬけするように文学活動を自在に展開し、いまや世界を「ミツバチ葉子」のように飛んで受粉させていく多和田葉子T。この両者の間にどういう関係性の糸が紡がれているというのだろうか。

 アリアドネの導きの糸は、やはり『ハムレットマシーンHM』だ。ミュラーが1977年に『ハムレット』のドイツ語訳上演台本を頼まれて東ベルリン・ドイツ座で上演されたが、「強迫観念」への鬼子のように生まれて西ドイツの演劇雑誌に発表され、「これ、何だ?」と地下浸透のように演劇の根底を揺るがしていったわずか三頁弱の謎の塊のような〈戯曲〉? 「私はハムレットだった」…

 「あ、これだ」と引っかかったのは、多和田葉子も同じだったらしい。しかもあのベルリンの壁まで揺れて壊れた1990年に、ハンブルグ大学での修士論文として書き始めたのが「ハムレットマシーン(と)の〈読みの旅〉」だ。92年に書き上げて九三年に文学修士となった。しかも同じ年にその間に並行して書き上げていた『犬婿入り』で芥川賞受賞! 「何、この凄さ?」と驚かされる。 

 このアリアドネの糸にも導かれた。多和田の修論ハムレットマシーン論」を30年近くも抱え込んで、やっと2019年に共同邦訳して、両国はシアターXでの晩秋のカバレットで『ハムレット・マシーネ~霊話バージョン』まで演じて貰えることとなった。「わたし だった ハムレット/わたし 立った 湘南海岸…」。この二つを合わせ鏡にして、その間の窓からTとMの〈演劇表象の現場〉を考えられるのではないかと思い立ったのが、…TMP。

 

 本書は、そういった謎解きへのチャレンジである。全体の構想は次の通り。

 「序」で、多和田TとミュラーMのおおよその関わりを描述する。

 第Ⅰ部「Relektre/再読行為としての〈読み〉」では、その多和田葉子修士論文ハムレットマシーン(と)の〈読みの旅〉』全邦訳と、それに多和田が書下ろしたエッセイ「私が修論を書いた頃」。そして、それらを受ける形で気鋭の八名の論者にTとMをめぐっての自在な論考を開陳していただいた。旧来の文学規範を超える両者の位相が、万華鏡のように煌めくようだ。

 第Ⅱ部は「Homo Theatralis /TMP (Tawada/Muller/Projekt) /演劇表象の現場から」。TMPは、再読行為である演劇実践の現場との呼応・表象関係の中で、TとMの展開とその射程を現在形で測るべきプロジェクトとして構想された。始動と大枠は2019年春からのやなぎみわ巡回展『神話機械』で、中核が多和田葉子のカバレット『ハムレット・マシーネ~霊話バージョン』の上演台本と、若い世代の多和田演劇上演の演出ノート。コロナ禍もあって、劇団地点のユニークな『ハムレットマシーン』の台本抜粋と、最後はやなぎのMM(MythMachines)の上演台本で締めくくられることとなった。

 

 演劇性とは本来が相互理解と発話・対話・表象のためのものであり、人間には必須必要であるという思いが、〈ホモ・テアトラーリス〉という語には込められている。コロナ禍のいまなおさらに。演劇表象と人間の在り方へのより自在で拓かれた可能性の追求という課題だろうか。

 

 

東京外国語大学出版会

 

 

TMPとやなぎみわの『神話機械展 MM』終了

 2018年に美術家やなぎみわから、学生たちの手作りのギリシア神話に基づく「神話機械」の中に、ハイナー・ミュラーの『メデアマテリアルMM』のテクストを中心にしたライブパフォーマンスを挟んだ展覧会「やなぎみわ展 神話機械」を2019年度一年かけて各地の五つの美術館で巡回公演したい、という途方もないオファーを受けて、それならその枠の中にミュラーと多和田の作品に関連したパフォーマンスをちりばめられないかと背中を押され、2020年度までのTMP(Tawada/Mueller/Projekt)=(多和田葉子/ハイナー・ミュラー/プロジェクト)始動の肚を決めたのだった。その「神話機械展」が、2019年10~12月の神奈川県民ホールと2019年12~2020年2月の静岡県立美術館を最後についに幕を閉じた。先日その5美術館による報告書が送られてきた。巡回先で進化変容を遂げつつそれぞれ工夫を凝らした関連イベントも多彩豊かで、まずは記録と記憶にとどめたいという主催者たちの思いがひしと伝わってくる。チームワークもあっぱれ、感無量である。

「谷川先生の脳内劇場」と揶揄われつつ演劇表象をめぐる思索と上演を関連させ試みをとさまざまな企画や可能性を思い描いたのだが、すれ違いや早とちりで、果ては2020年になってからはコロナウイルス禍に巻き込まれ、上演中止や延期、企画中断も挟んで、ここまできた。ミュラー関連では京都の新装なった民営劇場E9で劇団地点が『ハムレットマシーンHM』を上演。元来がドイツ演劇との縁も深く、ミュラーシェイクスピア脱構築した手法を活かしてきた劇団と捉えていたが、逆に原作にも戻しつつ彼らなりの斬新な「Jという場所」の探りとしてのHMにして見せた。そう来たかと。さらにいくつもの企画もあったのだが、捕れなかった皮算用を少し挙げれば、ベルリン・ゴーリキー劇場難民劇団の「HM」の招聘公演や、勅使川原三郎氏への『カルテット』ダンス化依頼、あるいはHMP(ハイナー・ミュラー・プロジェクト)の主軸であった劇作家故岸田理生を偲んだ13回目の〈リオ・アバンギャルド・フェス〉(このフェスはそれぞれ関わった原作=ミュラー=岸田=谷川=上演集団の上書きでクリエイティブ・コモンズの試みと言えようが)での劇団 風蝕異人街の『メディアマシーン』や『カルテット』の上演等々も、コロナ禍で中止・延期となったり…。多和田葉子の演劇は11月を中心に公演できた。

 こうした主として2019年度の活動は、東京外国語大学出版会から2020年夏に刊行予定の『多和田葉子ハイナー・ミュラー~演劇表象の現場~』という本に、多和田の修士論文邦訳とカバレット上演台本を合わせ鏡にする形で、様々な論者の論考や舞台実践記録をまとめて集大成される予定である。連動して秋には『多和田葉子の〈演劇〉を読む』も論創社から刊行予定。まだまだコロナ禍の動態の先が読めないなかで、あれもこれもいまだに捕らぬ狸の皮算用ながら、とりあえず「神話機械展」の終了にエールを贈る思いで、神奈川県民ホール静岡県立美術館でのトークの際に参考として配布した資料をここに採録して、次の「多和田葉子の〈演劇〉」の展開の段階へのつなぎとしたい。

 

1)  ハイナー・ミュラー(1929~1995)とは何者か

今は亡き国、30年前に分裂していた二つの国が統一して、消えてしまった国「ドイツ民主共和国」、通称「東ドイツ」。40年間存在して、その前はヒトラーナチス第三帝国。その前はワイマル共和国。ハイナー・ミュラーは、そういう時代の転変を、東ドイツに在住しつつ、壁や境界、隙間を縫う様に巡って、現在と歴史を俯瞰的に透視する鳥の目をもつて、ブレヒトの後継者として、演劇や表象の可能性を探り続けた作家・劇作家・演出家である。70年代には東ドイツでは出版禁止や上演禁止に会い、西側で受容。次第に世界的なブームにさえなって行く。

 

2)その象徴のハムレットマシーン(HM)』シェイクスピアの『ハムレット』の翻訳上演台本を頼まれて、それがベッソン演出で東ベルリン・フォルクスビューネで1977年に上演された。しかしそれを解体しようと同時に極小のテクスト『ハムレットマシーン』を書き、西ドイツの演劇雑誌に発表される。「一体これは何なのだ」という謎の塊として、西側演劇界を席捲していく。フランスのジュルドイユ、アメリカのウイルソン、等々。ミュラー自身は、1989~90年に『ハムレット(H)』に『ハムレットマシーン(HM)』を挿入させた『ハムレット/マシーン(H/M)』を東ベルリン・ドイツ座で演出。ちょうど稽古の最中に、ドイツ座も中核となった東ドイツ民主化運動がおこり、あっという間にベルリンの壁が崩壊。1990年のH/Mの初日には、東ドイツ消滅が決まっており、H/Mのメーキング映画を撮影していたリューターは『タガの外れた時代』というドキュメント映画を完成させることとなった。偶然だったか、必然なのか、それがHMである。

 

3)『メデアマテリアルMM』は、もっとタイムスパンは大きい。アルゴー船の伝説神話はすでに紀元前800年のホメロス叙事詩にも出てくるし、エウリピデスの悲劇『メデイア』は紀元前400年。さらにセネカ、グリルパルツァー、アヌイ、等々と書き継がれ、ミュラーまで3000年近い歴史を持つ。

 簡単に伝説のあらましを。ギリシア神話の英雄イアソンは、簒奪された父の王位返還の代償に東の野蛮国コルキス王の金毛羊皮を要求され、遠征隊員たちとアルゴー船で蛮地コルキスへ向かう。コルキス王の娘メデイアはイアソンに一目惚れ、父も弟も裏切って薬物のエキスパートとしてイアソンを助け、ギリシアについていく。一度は王位奪還したものの、また追われ、二人の息子ともどもコリントスに逃れてクレオン王の庇護を受け、クレオン王の娘との結婚を望まれる。それを知ったメデイアは、復讐にクレオン王と娘を毒殺。二人の息子までわが手で殺し、竜の車に乗って逃れ去る。一人残されたイアソンは、諸説あるが、アルゴー船で漂流した後、壊れたアルゴー船の船首の下敷きになって死んだという。

 

4)ミュラーの『メデアマテリアルMM』は3部作になっていて、第1部は「落魄の岸辺」。ベルリン郊外の荒廃した湖のほとり、アルゴー船隊員たち等々のさまざまな残骸の風景。泥水の底からメデイアがいつか立ち上がってきて第2部『メデアマテリアル』。形はイアソンとの呪詛の対話。第3部が『アルゴー船隊員たちのいる風景』。とは言っても、「残るは抒情詩」のような「私とは誰?」という問いを巡るモノローグのよう、詠唱のコロスのよう。

第1部は1953年に、第2部は1974年、第3部は刊行時の1983年にと、30年余にわたって書かれたという。それぞれバラバラにも使われる。例えばブレヒト生誕百年祭にアメリカのウイルソンブレヒト劇場BEで上演出した『大洋横断飛行』は、『大洋横断飛行(技術科学の時代の開始)/アルゴー船隊員たちのいる風景(私とは誰?という人類滅亡の自意識)/地下生活者の手記(生存者の魂の牢獄)』という3部構成で、作者も「ブレヒトミュラードストエフスキー」となって、(ブレヒト生誕百年の20世紀をそう逆転させるのかと納得させる)一風変わった秀逸さだった。

 

5)対してやなぎみわの『神話機械MM』は、これだ!と思えるほどにミュラーの「風景」が立ち上がっていると感じさせる。MMのテーマは「風景」だ。3000年のトポスを30年かけて3部作にまとめ、真ん中にアルゴー船のイアソンと復讐するメデイアの〈私〉を置き、第3部の「私って誰?」は、現在の風景の中にも素材として溶解して遍在するイアソンとメデイアの「私」と「あなた」であろう。

「イアソンの物語は植民地についての最古の神話なのです。ギリシア神話では最古でしょう。そしてイアソンの最期は、神話から歴史への過渡にある閾です。イアソンは自分自身の船によって打ち殺されるのですから」。(ミュラー)。ギリシアの勝利は、今なお遍在する文明・男性社会の成立と、敗者・女性の野蛮の抑圧で、アルゴー船はいまなお世界を漂う3000年続く風景、神話の難民の海、人類の記憶の岸辺だ。

 やなぎみわは、ミュラーのテクストを再現でなく、時空不特定のビジュアルマシンに変換し(友人の文化人類学者は「ポルポト政権の遺骸の山に再会させられたようだ」と言った)、有人公演ではそこに演者と奏者の二人を演劇代表で登場させ、あるいは無人公演の時は手造り感満載のマシーン(現代の「デウス・エクス・マキナ機械仕掛けの神)」?)に、HMとMMからのさらに抽出したやなぎ再読異聞の短いテクストのエキスを語らせるだけだ。それなのに、立ち上がった「風景」が、そんなこんなをしっかり謎かけのように語り掛けてくる。

「風景というのは個体よりも長生きするものです。そうしながら風景は人間の消滅を待っている、類としての自らの未来を考慮することなく風景を荒廃させている人間の消滅をね」(ミュラー)。ここが劇場でなく、やなぎみわの設えによる美術のための展示空間であるのも決定的なのだろう。キチッと本質を透視してすぐにビジョン化して「そこの風景」として実現させてしまう。半端ない、やなぎみわのイメージと思考はすでに早くも、現代のアルゴー難民船の野外マシーン劇へと展開しているようなのだが。

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やなぎみわ展 神話機械   ライブパフォーマンス『MM』  撮影:bozzo

やなぎみわ展 神話機械
ライブパフォーマンス『MM』
構成・演出:やなぎみわ
出演:高山のえみ
音楽:内橋和久
公演日:2019年11月29日(金)、30日(土)各19:30~
会場:神奈川県民ホールギャラリー 第5展示室

「地点」という新しい地点 ~ Theatre E9 Kyoto でのTMP・HM上演に寄せて

 日本にも遂にこういう演劇集団が登場したのかと、いつだったか感じ入った。どう新しいか。媚びないのである。観客に対して「わかって下さい」などと媚びない、退かない。だってこれが「演劇」なのだから。その点で彼らは本気の確信犯である。だからと言って、「わからない」と独り言ちて帰る観客を、ただ放り出すわけではない。しかし、へたな弁解の解説をするわけでもない。


「カルチベート・プログラム」 

 年度によるが、「カルチベート・プログラム」というのが開催される。例えば2014年度は、2013年に自前で作った(けっこう格好いい)アトリエ「アンダースロー」で上演される合計6本の公演と3回のレクチャーをすべて無料で受けて、終了後にのちに冊子として刊行される報告エッセイを提出するという企画。定員40名の参加者は募集。私自身は参加したことはないが、この報告集を読むのは、実に面白く楽しい。自称演劇研究者の訳知り顔の文言ではなく、殆ど観劇体験のない若者が(?)、必死で(無料ほど苦労は高くつく?)自分の言葉で観劇体験を身近な人に語り掛けようとしている文章が面白くないはずがない。おまけに「カルチベート(耕す)チケット」というのもあって、より多くの観客に広がるように余分の切符代を観客がカンパする制度である。常設レパートリーシアターである「地点」(基本定額3000円)の観客は、リピーターも多く、今は定員40名がいつもほぼ満員だという。のみならず、提携する大きな横浜KAAT神奈川芸術劇場での「地点」公演も、新人松原俊太郎の戯曲『山山』(2019年度岸田戯曲賞受賞!)でも、客席はほぼ全員が若い観客であることに、老輩の私は驚いたものだ。これが報告冊子に謳う太宰治の「真にカルチベートされた人間」だろうか! 実例をひとつ。「カルチベート・プログラム2014報告エッセイ集」の中から――「なにか外に出る機会がないかと探しておりましたら〈地点〉〈空間現代〉〈ファッツアー〉という固有名詞を目にしましてね。「…」これは行くしかない、重い腰を引きづって赤いビロードの洒落た椅子に座って観終わったらもうものすごかった。打ちのめされてそのあと三度観に行きました。これからも観続けます。これが初演劇だったのは不幸中の幸いでした。「…」『ファッツアー』は、まずはわけが分からない。圧倒されます。20世紀前半に書かれたこの戯曲が「アクチュアル」になってしまう現代がどうかしているのでしょう。…『ファッツアー』を観ていて退屈するなんてことは、相当な平和ボケでない限りあり得ないでしょう。…」これを書いたのが、岸田戯曲賞を今年貰った松原俊太郎氏である。カルチベート…?

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『山山』撮影:松見拓也

 つい制度から語ってしまったが、全体を貫くこういう姿勢こそが「地点」というプロ劇団の新地点だからだ。新しくないはずがない。彼らがめざすのは、近代劇を乗り越えた現代演劇が、日本の観客に根づくことなのだろう。

 

「地点」と三浦基と太田省吾

 「地点」を率いる三浦基氏に会ったのは、たしか2001年のベルリンだった。ベルリン在住の旧友、ミヒャエル・ヘルターと河合純枝夫妻から、「今日面白い日本人青年に会うから一緒に」と誘われた。ミヒャエルは、ベケットで博士号を取り、ベルリンでのベケット自身の『ゴドー』初演出を助手としてもサポートし、その後に「68年世代」として、旧病院を改築したベターニエン芸術家会館を創立し、諸ジャンルを横断した東欧・アジア圏などの芸術家との交流の場として主宰し、美術評論家の純枝さんと日本の『BUTOH舞踏』を紹介したり、太田省吾の沈黙劇『風の駅』をベルリン招聘したりした中心人物だ。一方、三浦さんは文化庁派遣で青年団からパリに滞在中。フランス語と日独語のクロスで、主な話題は、たしかベケットの話と、純枝さんが気に入って邦訳していたノルウエーの劇作家ヨン・フォッセのこと。その頃「21世紀のベケット」とか「イプセンの再来」として注目され始めていて、私も京都の太田さん宅で、純枝さんから日本で上演できないかと送ってきたという邦訳台本を手渡されてもいた。この出会いから生まれたのが、2004年の太田省吾と三浦基の競演出のヨン・フォッセ上演シリーズだ。「地点」の根っこには、演劇の可能性を極大・極小に自在化したベケットも存在しているのだろう。太田省吾氏も自作以外に演出したのはベケットとフォッセだけだったが、2007年に無念にも他界…。ちなみに「地点」は2005年に青年団平田オリザ氏に〈自立〉を学んだと聞く!)から独立して拠点を京都に移して活動を本格化、2007年から〈チェーホフ四大戯曲上演〉シリーズに取り組んだのも太田省吾の遺言を受けてのことだったというが、高い評価を得て、それらもロシア各地で招聘公演を果たしている。フォッセの『だれか、来る』も太田氏から引き継いでアトリエ「アンダースロー」でのレパートリーにし、2019年9月にはノルウェーオスロに招聘されることになっている。どういうわけか、ご縁は続く。

 

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『光のない。』撮影:松見拓也

「地点」とドイツ演劇~まずはイェリネクから

 私の専門領域であるドイツ演劇と「地点」の関係について記させていただく。2004年のフォッセを観て、2007年の太田さんの逝去をはさんで以降、定年退職やクモ膜下手術等々で、連絡やDVDは頂きながら観劇の機会を逃していたが、地点イェリネクの第一弾『光のない。』は何とか観ることができた。フクシマ原発事故を受けての2012年秋の国際演劇祭F/T(フェスティバル/トーキョー)は、「言葉の彼方へ」とイェリネクを特集テーマに、地点は『光のない。』(林立騎訳)を委嘱される。三浦基の演出はテクストの演劇的な核と真正面から向き合った。無限に拡散する光/放射能と声にならない死者たちの言葉、メディアを中心に語られる狂騒的な意味不明の多弁…それらがどういう主体によってどう生まれているのかを問いかける。三輪眞弘の作曲と、木津潤平の建築的な舞台美術と、地点メンバーの鍛え抜かれた独自の身体と発声――そういった圧倒的な空間での言葉の強度と声と音と身体の迫力が、負けてなるかと、姿や得体の知れない恐怖と対峙する。この演劇の場で「地点」はイェリネクと出会った、と私は体感した。地点イェリネク第2弾は2016年のKAATでの『スポーツ劇』、第3弾がアンダースローでの2017年の拙訳『汝、気にすることなかれ』と続いた。 

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『スポーツ劇』撮影:松見拓也

イェリネク/ブレヒト/ミュラー 

 そういった2012年の『光のない。』観劇後に、久しぶりに三浦基氏と再会。せっかちに前向きの彼は讃辞など不要とばかりに、「次は何を上演すればいいですかね」と問いかけてくる。「イェリネクの後は―やはりその前のブレヒトミュラーはやってほしい、両方一体でなら、『ファッツァー』かな」と私は提案。   

 ブレヒト1920年代に、新しい未来形の演劇を模索し始めたのが一連の〈教育劇〉と総称される試みだ。その先に亡命期を通じても未完の膨大な断片群として遺されたのが『ファッツァー』。ミュラーはこのテクストを「ブレヒトの最上のテクスト」、「技術的には最高の水準」「百年に一度の作品」とみなして、膨大な遺稿を取捨選択・再構成して「ブレヒトミュラー版」ともいえる『ファッツァー』を完成させ、ハンブルグ劇場の依頼も受けて、1978年に初演されている。70年代はシュタインヴェークらの研究者によってブレヒト演劇における〈教育劇〉再評価の波が到来していたのだが、それを受けた上でかわすかのように、1977年にミュラーが書いたのが「教育劇への決別宣言」だった。


「シュタインヴェーク様。〈教育劇〉についての私たちの対談から第三者にとって役に立ちそうな物をひねり出そうと努めたのですが、気乗りがしなくなりました。挫折です、〈教育劇〉についてはもう何も思いつきません。「…」次の地震が来るまでは、我々は〈教育劇〉と決別するしかない、と思っています。「…」モグラ、あるいは構築的な敗北主義です」。
 

 同じ1977年に『ハムレットマシーンHM』も生まれたのである。『ファッツァー』を挟んで、いわばこの三者は、演劇の可能性の探りとして三位一体だったのではないか。実は未来社の『ハイナー・ミュラー・テクスト集』の第4巻として『ファッツァー』と『指令』と遺作『ゲルマーニア3』を収めて刊行する予定だったのだが、間に合わなかった。

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『ファッツァー』撮影:松本久木

 その『ファッツァー』を2013年に、「地点」はアンダースローで、若い津崎正行氏の渾身の邦訳(「舞台芸術」誌所収)によって、「空間現代」のロックの生バンドとあの地点役者たちの声と身体で、強烈な謎かけのパンチとして初演してくれたのだった。それは松原氏のみならず、若い観客たちには謎かけが大受けで、劇団のヒット作となる! しかもこの『ファッツァー』は、2016年に本場ドイツはミュールハイム市での「第5回ファッツァー祭」に正式に招かれて公演し、かつ三浦氏も講演。それらのドキュメント論集も「ミュールハイム・ファッツァー叢書5」の“Not, Lehre, Wirklichkeit(悲惨、教訓、現実)”として、豊富な写真入りで2017年にNeofilsVerlagから刊行されている。モスクワや中国の北京・上海でも招待されて客演したらしい。こういう越境性は快挙だろう。

 それだけではない。翌年にはブレヒトの20以上の戯曲や詩から神、金、愛、戦争、芝居というテーマ別に言葉を抜粋したコラージュ劇『ブレヒト売り』まで創って見せた。音楽家の桜井圭介氏との共同作業と言うが、確かにリズミカルな音楽身体演劇でもある。ブレヒト作品のテクストをシャッフルして並べなおし、「買わんかい、ブレヒト!」とガレージ・バーゲンセールならぬ『ブレヒト売り』。なるほど、そうきたか。そう出来るか、それもアリだなと、ブレヒト邦訳者の一人としてシャッポを脱いだ。『ブレヒト売り』も、今年2019年の夏のライプチヒ市立劇場でのブレヒト学会で正式招待公演することになっているという。

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ブレヒト売り』撮影:松見拓也

 これらのアレンジへの契機は、2010年夏のハワイ大学でのブレヒト学会。テーマが「アジアと/のブレヒト」だったので、平田栄一朗、市川明、ヨアヒム・ルケージの各氏らと4人で「日本と/のブレヒト」を発表した際のMC役を引き受けて下さったのがライプチヒ大学のギュンター・ヘーグ教授で、慶応大学の平田栄一朗氏がよろずの仲介役を買って出てくれた成果である。そういうご縁と努力を経由しての、ブレヒト本場への「地点版ブレヒト」の挑戦だ。

 

新劇場 Theatre E9 KyotoでのTMPと連動の『ハムレットマシーンHM』

 この夏も「地点」は地下のアンダースローから下手投げで、ロシア、ノルウェー、ドイツと世界を経めぐって、各地本場の「古典」で勝負を挑み、かつ11月には京都の東九条に夏に新規開場した劇場 Theatre E9 Kyoto で、ついにTMPと連動して『ハムレットマシーンHM』に挑んでくれることになった。売られた挑戦は、何であれ逃げずに本気で買ってくれるのが三浦「地点」だ。下支えするあっぱれな制作者・田嶋結菜氏が居てこそだろう。しかもいつも劇団の共同作業振りはこちらの期待や思い込みを潔く裏切ってくれる。というか、サプライズ的に軽々と想定を超えて見せる。作家の言いたいだろうことに強靭に向かい合って、そのテクストの言葉と本質に正面対決の格闘をする――演劇とは何であり得るかをめぐっての本気のバトルだ。ワクワク・ドキドキ感が「地点」の真骨頂だから、今回も見当はつかない。さて、どんなHMを観せて貰えるだろう。本番でのサプライズを楽しみに! 変わらぬパワーで存分に裏切ってください!

 

補足の付記…

 個人的な思い入れがすぎて冷静な「地点演劇」紹介にはなっていない感があるので、「地点の舞台」についてはTMPのHPに、若手気鋭の演劇評論担当の我らがホープの渋革まろん氏が書いて下さることになっている。三浦基氏自身の演劇論は、9年前の前著『おもしろければOKか? 現代演劇考』(五柳書院)を引き継いだ、第2弾の岩波書店からの最新刊『やっぱり悲劇だった~「わからない」演劇へのオマージュ』を、是非お読みいただきたい。気負いやテレもありつつ正直誠実で、面白い。舞台や稽古の様子や各国での体験や料理…こういう演劇への多面的な開きかたも楽しく、お見事である。

 

 

TMPに連動するやなぎみわの半端ない『神話機械』

前書き:TMPをどう始動しようかと思案しているさなかに、やなぎみわさんから、ハイナー・ミュラーのテクストを使ったライブパフォーマンスを挟んだ『神話機械』というプロジェクトをやりたいというオファーが届いて、背中を押された。これが実質的にTMPのスタートとなった。その経緯と内容を、まずは紹介させていただく。


 「やなぎみわ」に出会ったのは、彼女が2011~12年の美術家から演劇に「転身」した最初のプロジェクト『1924』三部作。関東大震災で東京の文化が壊滅したという報をベルリン留学中に聞いた土方与志が帰国して建てた新劇最初の有形劇場で、日本新劇のメッカとされる築地小劇場をめぐる三部作だという。1920年代の演劇革命のベルリン時代のブレヒトで卒論を書いた身としては、「え?」という感じだった。同時期に村山も土方も千田もベルリンに居た。東北大震災の直後だし、限定の切符をネット予約してでも観に行かなくては、と思い立った。

プロジェクト『1924』三部作

 しかも第1部の『Tokyo-Berlin』は、初演は京都国立博物館での「モホイ=ナジ」展の中に埋め込まれた、ナジからの(架空の)手紙と電話を巡っての村山知義土方与志、そして岸田劉生との協働と確執。それをやなぎみわ特有のモダンな案内嬢たちが観客を展覧会から演劇空間にイヤホンガイドで案内して回るという設定。第2部はそれより4か月前の「血沸き肉躍る築地小劇場の旗揚げ公演」、村山の魂が「デングリ帰った」、ドイツ表現主義の作家ゲーリング作で土方演出の『海戦』の舞台。これはKAAT神奈川劇場の大スタジオ。今回も案内嬢によって、観客はまずは舞台上を案内され、築地小劇場旗揚げ公演の演出家土方と小山内薫による役者たちの稽古・準備風景と、1924年当時の築地小劇場と、現在の公演地KAATの最新設備が渾然一体で説明される。そして上演される『海戦』は稽古なのか本番なのか、楽屋落ちなのか。境い目も定かでない感じで展開し、案内嬢の「仕舞口上」の解説のエピローグで終わる。

 第3部の『人間機械』は、私が観たのは世田谷美術館で、葉山の神奈川県立近代美術館でも関連企画「新・劇場の三科 1925→2012」として、1920年代のベルリンー東京で前衛的な芸術の探求を美術、建築、演劇、ダンス、デザインにと、八面六臂の活躍で「日本のダ・ヴィビンチ」と言われた村山知義の多面的な展覧会『すべての僕が沸騰する-村山知義の宇宙-』の会期中に、そのなかに設定された劇場空間で演じられた。『人間機械』は村山の著書のタイトルだが、村山は傷痍軍人を指して用いている。前二作と同様に、観客は案内嬢たちに案内・同伴され、最後には搬入用エレベーターに誘導され、バックヤードの搬入口に辿り着くのだが、その時には生きた村山自身が二人に分裂し、一人が収蔵庫に収められ、もう一人は反戦プロレタリア演劇人として街宣車で演説しながら去っていく。沸騰した村山の「僕」の痕跡だけが展覧会に遺されて歴史化・無害化されるという、村山知義自身と美術館のパラドックスの「見える化」でもあろうか。

 後の2作の脚本は若手劇作家で演出家のあごうさとしだったが、歴史上の実名の人物像がいわゆる近代歴史劇に収まらず、その後の歴史展開を知り尽くした視点で、現在から過去への語りかけのような架空の対話・自問・問いかけが成立してくる。「築地の1924年」にモダニズムと演劇史の問題の要点が凝縮していたことに気付かされる―あのモダニズムはどこに消えたのか…2年足らずの間でのこの半端でない凝縮した「三部作」――やなぎの言葉を借りれば、「ホワイトキューブの美術館の中に劇場というブラックボックス」を入れ込み、異種間交流の醍醐味を探る。そう、こんなものを観たかったのだと心騒いだ。

 そのときに思ったのは「やなぎみわ」とは何者で何をしようとしているのかという謎と、いつかこの女性はきっとハイナー・ミュラーとクロスするだろうなという直感だった。


 直感が当たったのはほぼ10年後の2018年――『神話機械』というプロジェクトにハイナー・ミュラーのテクスト『ハムレットマシーンHM』と『メデイアマテリアルMM』を使わせてほしいのだけどと突然にメールと電話を頂いた…。ちょうど、TMPのプロジェクトをさてどうしようかと考え始めていた頃だったので、連携してくれるかなと持ち掛けたら、喜んでと…。はて、どう来るのかと聞いたら、やはりこれも半端なかった。機械も1年かけて各地の大学や高専の研究者や学生に共同制作してもらって、ライブパフォーマンスを挟みこんだ展覧会として、高松美術館、アーツ前橋、福島県立美術館神奈川県民ホールギャラリー、静岡県立美術館を、1年かけて巡回するのだという。そう来るのか、それならそれを大枠に、演劇表象とは何かという問いかけを、日本中の点と線でつなぐようなプロジェクトにTMPがなれるかもしれないなと、徒手空拳でありながら夢見た。せっかくなら先の読めない冒険の方が面白いかなと。やなぎみわのエネルギーとヴァイタリティに煽られたか。

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写真家から演劇人へ~やなぎみわの仕事

 今年2月からの最初の高松市美術館には行けなかったが、代わりにTMP相棒の小松原由理さんに行ってもらい(TMPのHP参照)、2か所目のアーツ前橋でのライブパフォーマンス目当てに足を運んだ。これは『やなぎみわ 神話機械』展でありつつ、美術と舞台を往還するやなぎみわの10年ぶりの大規模個展でもあった。「やなぎみわ」とは何者かとそれなりに探ってきたものが、回顧展のように示される。5美術館による公式図録もそれに合わせて充実している。なるほどと、とても参考になった。

 いまや世界的な写真家やなぎみわの仕事――消費社会の象徴のような規格化された『エレベーター・ガール』シリーズは、CGを使って実際のモデルが増殖・加工され、ある種のディストピア的な未来社会像を思わせる。『1924年三部作』の案内嬢もその延長線上にあるのだろう。『マイ・グランドマザーズ』(2000~2009)は、公募したモデルが「50年後に理想の自分」をイメージしてやなぎとの対話から浮かび上がった老女像を特殊メイクやCGを組み合わせてビジュアル化する26点のレポート。大きな美術館に並ぶと現実と想像の交差の不思議な時空の広がり方の迫力だ。さらに世界で語り継がれてきた老女と少女の寓話や物語を少女が細工を凝らしてイメージ化した『Fairy Tales-老少女奇譚』。そしてさまざまな『ビデオ・インスタレーション』…その先に『1924年三部作』が来て、その後に、台湾で出会い製造輸入に到ったという移動舞台車=ステージトレーラーによる、中上健次の原作小説を山崎なしが脚本化して日本各地で巡回公演した『日輪の翼』―これは2016年より中上健次の故郷の熊野をはじめ全国5か所を旅公演。今年は10月初めに神戸の水産卸売市場内の波止場と海上を使って上演される予定だ。あえて総覧したのは、それぞれが複眼的批判的思考と直感の「やなぎみわワールド」として、それなりにつながってイメージとモチーフが展開しているように思えるからだ。

『神話機械』=MM=Myth Machines

 そして今回の『神話機械』―美術館会場に入ってまず圧倒されるのが、巨大でたくさんの桃の木の写真シリーズだ。福島市内の果樹園で撮影されたという。しかも『女神と男神が桃の木の下で別れる』と題されている。『古事記』の神話が背景にあることを示すタイトル。男神イザナギがあの世とこの世の境、黄泉平坂に辿り着いて、そこに生えていた桃の実をとっては投げ、ようやく女神イザナミを死の国に追い払ったという、ギリシアオルフェウス神話をも思わせる物語。そういえば多和田葉子に『オルフェウス、あるいはイザナギ』という戯曲があって、今回のTMPの枠内で本邦初訳初演されることになっている。思えば東西の神話は意外なほど似ているが、どこでどう、絡むのだろうか? 

 ちなみにやなぎみわワールドにおいては、中上健次ワールドから戻っての新たな神話世界への入り口なのだろう。ご丁寧にもその『神話機械』の入り口の一角には白い部屋があって、そこでは裸の男が『桃を投げる』場面の上からのビデオ・インスタレーションが映されるのだ。やなぎみわ異聞による『火と桃投げと別離の神話』と題する文がつけられている。

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「火の神を産んだときに火傷を負い、妻の女神は死の国へ赴く。
 美しい女神を慕う夫の男神は、死の国まで追っていき、

 禁断の部屋を覗き、女神の本来の姿を目撃する。
 それは地球の原初の生物の姿であり、光合成を行い鉄分を生み出す 
 泥のようなバクテリアの集積であった。
 その姿を見て驚いた男神は逃げ出す。「…中略」
 女神は、一心不乱に桃を投げつけてくる夫の姿を見ながら、
 夫の言うとおり火や鉄を産んだことを後悔する。
 女神は「一日千人の人間を殺す」と言い、
 男神は「ならば一日千五百人を産む」と答える。 

 男神と女神は決別し、女神は死の国の大神となり、
 男神は火や鉄とともに生の国に戻った。
 一つの世界が二つに分かれたれ、さらに
 果てしなく分裂していく悲劇が始まる。」

 HMやMMも想起させるが、これが東西の「神話機械」=MM=Myth Machinesへの導入なのだろうが、さて…まずは機械だ。「モバイル・シアター・プロジェクト」と名付けられたこれも半端ではない。ギリシア神話の文芸を司る女神たちの名前を与えられた4台のマシンが、やなぎみわと大学、高専、高校、および開催館が協働して制作された。

 メインマシンはタレイア、ギリシア演劇の、とくに喜劇の女神で、ハンブルグ市にはタリア劇場というのもある。メインになって、対象物に照明、音楽、台詞を与えながら走行する、いわば演出家。桃の花の花芯か女性器のようにきらめき開いたり蕾んだりする。ムネーメーは投擲マシンで、ピッチングマシンのように、しかし髑髏を定期的に投げては打ち壊す。テレプシコラーは振動マシンで、ガラス瓶に巻きコインが雄蕊のようにはいった枝葉が震えか響きで拍手喝采する大きなツリーのようだ。メルポメネーはのたうちマシンと呼ばれ、透明な胴体についた奇妙な手足で、床をのたうち回る。マシンは意外とアナログで手作り感にあふれている。そう、各地のそれぞれに「NHKロボコン」などで評価を得た研究室の先生と学生たちによる共同作業の成果の自信作とか。背後にイアソン率いる「アルゴー船の船首像」の大きな写真が逆さ吊りされている。それらが美術展示品のように置いてある大きな空間は、一見するとまずは戦場か墓場、都会か港の廃墟のようだ。それが「無人公演」と銘打ってスイッチが入って自動で動き出すと、夜の都会のショールームのように、さまざまな動きとカラフルな照明と弔い鐘か称賛鈴のような響きとで、何がどうなっているのかとさまざまな連想で興味深く見飽きない。ハイナー・ミュラーのテクスト風景を思わせる。

 展覧会期中に数ステージある「有人公演」、『MM=Myth Machines=神話機械』では、演者と奏者がそこに一人ずつ登場して、ハイナー・ミュラーの『ハムレットマシーン』と『メデイアマテリアル』のテクスト世界が始まるわけだ。とは言っても、最初はどこからか聞こえてくる「墓堀人夫たち」の声の中で、奏者内橋和久は一画でギターと手作り弦楽器で作曲と即興による演奏を続け、トランスジェンダーという演者高山のえみは、ときにハムレット、ときにオフィーリア、あるいはときにメデイア、ときにイアソンとなって、シェイクスピアギリシア神話に基づくミュラーの謎のようなテクストを問いかける、という構図だ。最後はアルゴー船隊員の痕跡が難民船のイメージとも重なって、ともに生と死の混沌とした荒廃の風景だけが残る。やなぎは異聞化でなお闘う:「大地を掘りつつ、歌い、語れば、人は真実を思い出す。〈あとは沈黙〉?  馬鹿な。決して沈黙してはなりません」…なるほど、演者は語り部だ。直感は10年後に、こう当たって、こう実ったのだ、と。

 たしかに、これもやなぎ+ミュラー・ワールドのひとつの集大成だ。しかし、神話から現代の落魄の岸辺までを流離うこのマシンは、おそらく今後も動き続いていくのだろう…。

 

付記;神奈川県民ホールでの「やなぎみわ 神話機械」展に際して、二人で対談トークしようかと企画中。