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谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

「近くて近い国へ」―― 日韓演劇交流のこと

 

一月下旬に、「韓国現代戯曲リーディング」というのに出かけました。

 

日韓演劇交流センターが正式に発足したのは二〇〇二年で、それから一三年間、日韓双方の地で、隔年で、こういった日韓「現代戯曲リーディング」の試みを重ねてきたという。

上演パンフの最後に付された「日韓演劇交流年表 1972―2012」を繙くと、観たり、覗いたり、関わったりしたものもかなりあるなあと思うものの、とくにHMP(ハイナー・ミュラー・プロジェクト)で中心メンバーの一人だった岸田理生さんが韓国語も学んで意識的に日韓演劇交流の舞台を試みてきたこともあったが、私はドイツ演劇が専門ということが無意識にあったのか、これまできちんと受け止めてこなかったなあと改めて思ったり…。すでに三〇本の韓国戯曲を日本に紹介し、同じく三〇本の日本戯曲を韓国でも紹介し、リーディングとシンポジウム、セミナー、ワークショップと積み重ねられ、日韓の文化交流の架け橋となってきた。上演された邦訳戯曲は刊行されて、すでに七冊目とか。

 

東京では今年で七回目だという。現代の韓国演劇界をリードする三人の韓国人劇作家の作品がリーディングされたが、いずれも韓国の近現代史を真正面から扱っている。

跡継ぎ息子が欲しいばかりに次々に多くの女性と関わって、それぞれに心に傷を持った腹違いの娘たち四人と父の物語――キム・ユンミ作『五重奏』。

期せずして脱北した主人公木蘭が、韓国での生活に幻滅し、北へ帰る決心をする――キム・ウンソン作『木蘭姉さん』。2012年に数々の演劇賞を受賞している。

父子二世代にわたるドラマでかたられる小市民における韓国現代史――キム・ジョエブの『アリバイ年代記』。こちらも二〇一三年に数々の演劇賞を得て、二〇一四年にも再演。

 

すべて日本の演出家と俳優たちによって上演されたのですが、ここではまずは、谷川塾の常連である公家義徳演出の『アリバイ年代記――道化師の政治学概論』を中心に―――。

 この作品の特徴は、二〇一三年に作品賞や戯曲賞を得た時の作・演出のキム・ジョエブ自身と実の父と兄の人生の年代記のように、実名と事実に基づいてドキュメンタリー的に綴る叙事的な演劇であり、ジョエブが本人としても登場することでしょうか。父は植民地時代に大阪で生まれ育ち、終戦/解放とともに祖国に帰り、大邨中央高校で定年を迎えた。だが病床で、朴正煕と幼馴染だったが、いきさつで朝鮮戦争に従軍せずに母校に戻っていたこと…。六四年生まれの兄と七三年生まれのジョエブは、八〇年代の光州事件や韓国民主化運動などにも関わり、そういうそれぞれの〈アリバイ〉のような伝記が同時代の政治史と重ね合わせられつつ、語られていく。

 十数人の俳優が三〇余の役を演じるのだが、もろに隣国の現代史でありながら、記憶をまさぐりつつ、身に覚えのありそうななさそうな…我ら日本人は実際、身近なはずのそういう事態に恥ずかしいまでに疎いのだということをつきつけられる。

公家の演出は、中央にスクリーンを置いて、年代記的な事象を映像や年表や、写真や、文学的語りや引用等々で、そういう背景を補ってくれる。戒厳軍で鎮圧され多数の死傷者を出した光州事件や、金大中盧泰愚などの写真も、朴正煕の娘が現大統領である時に、よくここまでの舞台が創られて評価されたことに感心。映像や資料はすべて自分で作ったという公家はそういう仕掛けで事実にも語らせつつ、日本人観客との距離を媒介しつつ、淡々とした個々人や群像の語り(リーディング)で、個人史と時代史のクロスする現代を、さまざまな角度から問いかける。こういう風に小細工なしに言葉や事態を浮かび上がらせるリーディングという形式は、私は結構好きなのだが、それが押しつけがましくなく、問いかける風に機能して、観客を自問の内省に導いていく。

  

作者のキム・ジェヨブは、劇作家・演出家・俳優として活動しながら、演劇学科の大学院で博士号も取得、演劇の新しい可能性を探り続け、「演劇ではなくても良い演劇」を標榜するようになる。ドラマという枠を脱してドキュメンタリーと叙事的要素を結合させて、同時代の枢要な問題を扱う演劇――主要テーマはいま、歴史から経済へと進みつつあるという。「ポストドラマ演劇」のベクトルで、新しいブレヒトが生まれつつあるように感じた。彼だけではないようですが。

 

最後のイベントとして開かれたのが、「女性が演劇を変える」という興味深そうなタイトルのシンポジウム。実はこれは、日韓演劇交流センター会長の大笹吉雄さんから提案されたテーマで、男女の区分がはたして演劇の場に必要かという疑念も出されたが、女性が圧倒的に少なかった演劇界に、劇作家や演出家が登場してくる状況や過程、テーマや手法など、双方になるほどと重なるところや、微妙に異なるところもあって、これも興味深かった。パネリストは、韓国からは、演劇評論家キム・ミョンハと劇作家キム・ユンヒ、日本からは演出家小林七緒、劇作家+演出家の永井愛、司会が大笹さんという布陣。韓国では六〇年代に生まれ、民主化抗争の八〇年代に大学生、九〇年代に三十歳代という〈三八六世代〉というのがあって、日本の団塊世代全共闘世代より一世代若く、彼らが、女性演劇人の台頭も含めて、現在の活気ある韓国演劇界を担っているようです。

 

かつて岸田理生さんと初めて韓国はソウルを訪ねて旅したとき、なぜか我が身の置き場に戸惑ったもの。ヨーロッパでは私は迷うことなく外国人、アジア人だった。フィリピン人かベトナム人かと、よく間違えられたものだ。しかしソウルでは見た目や服装・仕草は殆ど変らないが、どこか根本的に違うのです。話しかけられても少々かじった程度では言葉も通じず、何をどこまで共有しているのかが茫漠としてつかめない。帰国して始めたハングルも、長続きせず…。そのことに疾しさのようなものまで感じていたのだが、ともあれこういう形の文化交流の積み重ねこそが相互理解の基盤なのでしょう。それはどこの「国」とでも同じでしょうが…。