谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

鳥取の「鳥の劇場」の大人の『三文オペラ』

    ―地域と生活に根付きつつ、世界へ―

 

 10年ぶりに雪の鳥取、「鳥の劇場」を再訪しました。拙著『演劇の未来形』でも紹介していますが、彼らとの付き合いもけっこう長くて深い。その続編を!

利賀村演出家コンクールでの出会い

 劇団主宰者中島諒人さんたちとの初めての出会いは2001年、SCOT(鈴木カンパニー・オブ・トガ)が主催する利賀村での「演出家コンクール」。前年に始まって01年はH・ミュラー作『ハムレットマシーン』が課題作の一つになっていたので、翻訳者としては行かざなるまいと観に行ったのが始まりでした。

 なかでもこれは何だと気になったのが、当時は「ジンジャントロプスボイセイ」と突っ張った名前のグループで、学生劇団出身らしく、中島諒人演出のハイテクを駆使したモダンでとんがった舞台は私にはけっこう面白かったのですが、鈴木忠志御大にはお気に召さなかったらしく見事に落選。「あの頃は意地みたいに『ハムレットマシーン』ばかりいろいろやっていた」そうで、来日した『ポストドラマ演劇』の著者レーマン教授を稽古場にお連れしたりしたものの、03年の「演出家コンクール」に捲土重来。今度は俳優を主体にした『人形の家』で見事に優勝。で、しばらくは東京や静岡で演劇活動を続けていたが、そういう根無し草のような都会での活動に見切りをつけられたか(勝手な解釈で失礼!)、2006年に中島氏の故郷の鳥取に舞い戻って、そこを拠点に「鳥の劇場」を開始。しかし、半端ではなかった!

鳥取鹿野町での「鳥の劇場」の船出

 まずは2006年4月に鳥取市鹿野町の廃校の旧鹿野小学校体育館を稽古場・劇場として、7月からは同じ敷地の旧幼稚園を事務所などに利用できるように手作りでリノベーションしてスタート、08年にNPO法人を獲得。建物は公の所有の無償貸与でも、劇団の運営は地元やサポーターの支えという民の意志による、民設民営の劇場にして劇団、というユニークで意地でも豊かな自立の、ここにしかない「鳥取の劇場」であろうと願っているのが「鳥の劇場」!「演劇、劇場というものが、生活を豊かにし、未来をつくるために意外と大事なものかもしれない。そのことを鳥取の地で証明してみたい。無謀な挑戦だが、社会から必要とされるものならば、生き残れる」と謳う。なるほど、半端ではない、いい度胸といい覚悟だと納得したものだ。

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 08年度から県や市と協働して地域と世界に開いた毎夏の「鳥の演劇祭」を開始…。実際にはどういうことなのかと気になった私は、その2回目を訪れた。空路ながら初めての山陰の初秋の旅という風情の、2009年9月のことだった。

 鹿野町は2004年に鳥取市と合併した人口4000人弱の風情ある城下町。JRで鳥取駅から1時間弱。公演の時は最寄りのJR浜村駅から劇場の無料送迎バスが出て約15分。演劇祭のコンパクトなパンフレットには、スケジュールや地図、お勧めスポットに宿の紹介、さまざまな体験プログラムまで掲載されていて、2週間のこの演劇祭全体が、演劇と自然や文化や地域を知って楽しむ「旅」として構想されているのだ。便利や効率など無視して手間暇かけてゆっくりと体験し、よろずと生身で出会う。詳論の余地はないが、演劇の演目も日本だけでなくルーマニアや韓国からの客演、全国公募での劇団による「鳥の演劇祭ショーケース」、参加者を募って専門の振付家と作品を創り披露する「とりっとダンス」等々、さらに演劇や文化をめぐるシンポジウムやトーク、こんな贅沢な演劇文化体験はないかな。

鳥の劇場」での『母アンナの子連れ従軍記』

 実は「鳥の演劇祭」を訪ねたのは、ブレヒトの『肝っ玉おっ母』あらため拙訳の『母アンナの子連れ従軍記』を2010年1月に上演したいのでよろしく、というオファーを受けて、東京の1000の客席の栗山民也演出・大竹しのぶ主演の新国立劇場の大劇場公演に対し、客席200の大きな小劇場というのを見ておきたかった、ということでもあった。2009年12月には、観客へのプレ・ブレヒト・レクチャーに呼ばれ、率直でキラキラした観客の好奇心にも触れた。稽古も見せてもらった。MC役のようなブレヒトさんを配して娼婦イヴェット役の中川怜奈に重ね、現在との時間的・空間的距離を観客に考えて貰おうという構成に、「翻訳劇」を超える工夫を感じた。

 そして本番の1月には、我が教え子秋野有紀が東京外語大の博士論文を留学中のヒルデスハイム大学との共同学位にしたいということで、その公開審査会にドイツ文化政策の権威のシュナイダー教授の来日とも重なったので、審査会を終えた慰安温泉旅行もかねて総勢10名の観劇ツアーを企画。ついでというか、神戸大の藤野一夫教授をはじめ、これだけの文化政策の専門家メンバーが集まる好機だからと、鳥取大学とも組んで、日独の文化政策についてのシンポジウムまで、観劇後に開催しようと欲張った。上演後の熱気と相俟って、西日本から駆け付けたらしい150名余の観客との議論も白熱し、こんなこともできる「鳥の劇場」の可能性を実感。

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10年ぶりの再訪

 などというような前史も受けての今回の10年ぶりの再訪。この間は、私自身は東京外国語大の定年退職にハワイ大学でのブレヒト学会発表、クモ膜下で倒れての手術にリハビリしながらの奇跡の社会復帰…等々の人生の転機・危機もあって、気が付くと10年近くが過ぎ去っていた、という感じだろうか。もちろん、MLや情報は受け取っていたが、拙訳で『三文オペラ』上演をやりたい、という再度のラブコールも貰っていた。「鳥の劇場」も10周年を迎えていたわけだ。

 神様の粋な計らいに感謝しつつ、2月の公演なので、全日14時開演、鳥の劇場で「どんな大雪でも上演を行います」とのこと。北極にでも行くような重装備で飛行機に乗ったが、さほどの大雪でもなし。10年前からどう変わったのか、変わっていないのか。

 まずは2011年に耐震化工事として、劇場改修がなされていた。雨漏りの屋根や壁の構造に客席もしっかりとなり、照明や劇場床シート張替え、道具倉庫づくり、また手作りながら、建物改修の費用は県や市が支えてくれたとか。それだけ地域に根付いた活動として認められた証拠で、「国際交流基金地球市民賞」も受賞。

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 「鳥の劇場通信」も充実して、「劇場がただ演劇を愛好する人だけの場ではなくて、広く地域のみなさんに必要だと思ってもらえる場になることが、私たちの目標です。演劇創作を中心に据えて、国内・海外の優れた舞台作品の招聘、舞台芸術家との交流、他芸術ジャンルとの交流、教育普及活動などを行い、地域の発展に少しでも貢献したいと考えています」という精神は、随所に行き渡っている。週末や夏休みを使っての小鳥の学校。さまざまな場所での出張上演・ワークショップ。2013年にたちあげた障害のある人とない人がともに演劇をつくる「じゆう劇場」が2017年に「『ロミオとジュリエット』から生まれたものー2017」をフランスはナント市での日仏障碍者文化芸術交流事業で公演するという文化庁の委託事業までやってのけたという。日常的には写真展に映画上映会。呼んだり呼ばれたりの滞在制作に発表会。モノづくり体験にセレクトショップ。等々―20名弱の劇団員でよくここまでやれるなあと思えるほどの多彩ぶり。拓いているのだ。いい覚悟は、やはり半端ではなかった!

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さて、「鳥の劇場」の『三文オペラ

さて最後に、今回の『三文オペラ』の舞台に触れなくては。

ブレヒトの名前を1928年に一挙に世界的にしたこの作品。当時は映画化の伝播もあってもちろん、今なお世界中でさまざまに上演されているが、私自身も両手で足りないくらいに観ているが、その中でもこの「中島・鳥の劇場」版は、風変わりでユニークだった。

 ブレヒトの『三文オペラ』は、200年前のイギリスのジョン・ゲイ作『乞食オペラ』の独訳をもとに、ベルリンのシフバウアーダム劇場の改築杮落し公演に間に合わせて作曲家のクルト・ヴァイルを誘って大車輪で完成させた音楽劇。つまり、原作1728年―改作1928年―上演2018年という三階建て構造をどうするかだ。ネタバレご容赦だが、硬い言い方をすれば、産業資本主義の勃興期―金融資本主義への転換期(1929年には世界金融恐慌!)―グローバル新自由主義の現在? ブレヒトの改作には「男一匹飼い殺すのと、男一匹殺すのと、どちらがたちが悪いでしょう」、「銀行設立に比べれば、銀行強盗などいかほどの罪でしょうか」という有名な名文句がある。色男・斎藤頼陽演じる最後のメッキースの「絞首台での演説」だが、その行きつく先が現在、という解釈だろう。

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 場面はずっと「みらい銀行」の受付職場という設定の装置だ。役者のほぼ全員が今は銀行マンと銀行レイディーズで、舞台前ど真ん中に生演奏のバンドが陣取る中で、18世紀のロンドンが舞台らしい乞食と盗賊と娼婦たちによる『三文オペラ』がロビー公演として上演される構図。十数名の役者で2時間余の舞台に変換するには、なるほどそう来たか、という納得の設定だ。このブログを大人の『三文オペラ』と題打った次第。

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 音楽・ソングをどうするかも思案どころ。ドイツはブレーメンからの参加というオーボエファゴットクラリネット木管トリオのアンサンブル・ココペリ3人の生演奏と、サックス(松本智彦)、ピアノ(渡邉芳恵)、エレクトーン(太田紗都子)演奏をうまく組み合わせて、原則としてヴァイルの曲を使いながら、歌詞もそのなかで唄えるように、アレンジャー武中淳彦氏の腕の見せ所。ものすごく苦労工夫されたというが、これもなるほど。私自身も翻訳において意図的に、ヴァイルの曲に合わせての訳詞はあえてしなかった。音楽・ソングの使い方は上演の位置づけ方次第だから、ともあれ原語でのブレヒトの意図が通るようにと日本語に訳した。これでは歌えないという批判も伺ったが、それは上演集団が考えることだと思うから。この音楽も「鳥の劇場版」になっていた。

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 原作の意図をリスペクトしながら、上演はいまの自分たちの観客に届くように、というのが「鳥の劇場」の基本理念で、公演前にはいつも作品についてのプレトークがあって、毎公演後にアフタートークを欠かさないのも基本姿勢。このときは私も飛び入りで参加させてもらった。

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 劇場を出たところが大きなカフェ・ラウンジになっていて、もちろんバリアフリーで、無料の水にプロの入れるコーヒーとパンやお菓子、劇団手作りのいろんなグッズ。鳥マークのTシャツや根付け、ハンカチ、原作翻訳の文庫、等々も販売。観客は思い思いにおしゃべりしたり、アンケートを書いたり。もちろんここがトークと議論の場。この居心地の良さは何だろう。無料で、送迎車、託児室、ハンド版の字幕、飲み水、大人2000円に18歳以下500円、中学生以下無料なのだ。すべてが観にきてくれる観客のため、ホント、初日は雪でも補助席が出るほどの満員で、子供たちも沢山いたのに、楽しそうに乗って見入っているのだ。こういう配慮あふれる観客つくりがいい。

2026年の20周年へ!

 毎年度の活動テーマがあるというが、今年のそれは「豊かさってのは金のことか?それだけじゃない?じゃあ、もう一度考えよう。豊かさってなんだ?」。そだね~

 10年間の蓄積がこういう形で実っていることに、ホッと嬉しく、これからも息切れしないように、ずっと頑張れと、エールも送りたくなるのだ。10年ぶりの再会の高揚とその間の互いの頑張りを想起しての交歓!2026年の20周年記念も一緒にやろうねと言われ、生き延びられるかなあと。ともにガンバ!!