谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

Alles Liebe und Gute fuer das neue Jahr 2018 !!  賀正!!

 小正月も過ぎたのに今頃の年賀メールかとあきれておられるでしょうが、この恒例の遅れ年賀メールがないとブログが新年2018年になり替わりませんので、立春前の寒中見舞い代わりかと、ご容赦を!

 さすがに内容まで年賀モードは憚れますので、とりあえず先日観た、今年初めての舞台、ジェローム・ベルの『Gala –ガラ』について、ちょっとだけ。


 久しぶりの彩の国さいたま芸術劇場蜷川幸雄さんの逝去後には、さいたまゴールド・シアターのその後が気になり、追悼公演『鴉よ、おれたちは弾丸(たま)を込める』の再演だけは観に行った。まだ蜷川さんの魂が漂う舞台でしたが、三回忌も終わって、今回のジェローム・ベルの『Gala –ガラ』で喪が明けたのかなと感じてしまいました。何故か、今年の新年もやっとこれで明けたなとも。

 パリ在住の国際的に活躍している振付家ジェローム・ベル。2011年にF/T(フェスティバル・トーキョー)の締めとして招聘された『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』(以下『ザ・ショー』)が彩の国劇場に、日本にも初登場して、不思議な楽しさでした。2001年に初演され、反響を得て2005年にニューヨーク公演でベッシ―賞を受賞、世界的なツアーを経ての10年後の日本初演。今回の『Gala –ガラ』も、2015年初演後にすでに世界50都市以上で上演され、日本公演の後もツアーが続くらしい。ともに上演する都市でキャスティングして創り上げる、ご当地参加型のダンス、と言えましょうか。

 『ザ・ショー』のときは、踊り手は300名近い応募者の中から26人が選ばれ、ビートルズデヴィッド・ボウイ、クイーンなど、誰でも知っている、日本版のそれも加えた人気ポピュラー・ポップソングに合わせて、自在に踊る形。今回の『ガラ』は、6歳から75歳までのプロのダンサーや俳優、芝居とはまったく縁のないアマチュアまで、年齢、職業、国籍など多種多様な20名の老若男女が、ダンス、ワルツ、お辞儀、ソロ、カンパニー、といった表題の順に即興で踊る。自己紹介的なソロから、それぞれが率いてのカンパニーを創る踊りへと展開。これは、個人と共同体の両極での「踊りの探り」の合わせ鏡か。

 谷川塾のメンバーの越智雄磨さんがもっかベルで博士論文を執筆中なので、時折り話を聞くのですが、元々ダンサーとしてデビューしたベルは、ダンスというジャンルに批評的なまなざしを向けて活動停止し、しばしの間の考察を経て、『作者によって与えられた名前』で振付家として再デビュー。2作目の全裸のパフォーマーが殆ど踊らない『ジェローム・ベル』という作品で注目を集める。「踊らない」ことから初期には「ノンダンス」と評されていたが、ダンスと社会における個人と共同性の関係性を問いかけるこういう試みにとりあえず辿り着いたらしい。ダンサーと振付家、プロとアマ、自己と他者、コントロールと即興、作品と上演…。ゼロ地点に戻ってからの再構築の探りは、前衛/アバンギャルドの辿る道でもあるでしょうが、そう来たかと思わせるある種の納得と解放感がありました。

 その越智さんによるインタビューが上演パンフに掲載されて、そこに曰く、「『Gala』ではダンサーたちの多様性が、次第に作品の中に共同体を成立させ、喜びにあふれたものとして活気づけていきます」――そのタイトルが、「喜びにあふれた多様性が、共同体を成立させる」。その多様性はそれぞれの都市や状況で異なるでしょうが、さいたまバージョンも、不思議な楽しさでした。おそらく舞台も客席も。

 

 プロの領域の「優れた芸術作品」というものとは次元の異なる舞台表現の楽しさというのが、確かに存在する。拙著『演劇の未来形』で、「第2章:演劇と≺教育劇>の可能性――ピナ・バウシュ蜷川幸雄の試みまで」で言いたかったのもそういうことでした。ダンスと演劇を融合させた「タンツテアター」の創始者ピナ・バウシュは、自らのヴッパタール舞踊団の男女の葛藤をダンス化した傑作『コンタクトホーフ』に対して、65歳以上の26人の「年金生活者」によるシニア版と、10代の少年少女たち40人によるテイーンエージャー版を作って見せた。後者は『ピナ・バウシュ――夢の教室』と題するドキュメンタリー映画まで成立させた。「踊ること」がもつ心身解放の意味と力が透けて見える傑作。蜷川が遺した「さいたまゴールド・シアター」もその線上でしょうか。

 

 ピナ・バウシュ蜷川幸雄も故人となりましたが、健在のジェローム・ベルはここにとどまってはいないはず。「自分ファースト」ではなく文化や価値観の異なる多様性が共存し得る社会や世界のための思考や方法論の探りは、いま我々の焦眉の課題でしょう。

f:id:tanigawamichiko:20180128230918j:plain

 (c) Photograper Josefina Tommasi, Museo de Arte Modernode Buenos Aires, 2015 
2015年のブエノスアイレスでの舞台写真をお借りしました。