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谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

外語大図書館講演会「演劇という文化」

去る12月2日に、外語大図書館講演会として、私の講演「演劇という文化」が開催されました。前コラムのベルリン演劇祭のTT2015報告にも触れつつ、ドイツ演劇とその現在形が見えるような形でお話しましたので御笑覧いただきたく、講演原稿をアップさせていただきます。

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2015年度 東京外語大図書館講演会  

2015122 16;3018;00    

@東京外語大プロメテウスホール

谷川道子: 「演劇という文化」

 

 

はじめに

こんにちわ、谷川道子です。宮崎図書館長と岩崎副学長から思いやりあふれるご紹介をいただきましたが、そう、因果は巡る糸車のようです。2007年からの図書館長時代に当時の亀山学長の強い要望と、こんな出版不況の時代に作ってどうするのかという強い学内批判のはざまで、大騒ぎで立ち上げた外語大出版会、プロのエディターシップと岩崎編集委員会と図書館協力のもとに作ってよかったと言われるものにしようという強い思いが、外語大らしい活動と成果で高い評価を得るに至ります。その端っこで去年出して頂いた私の人生の最終講義のような『演劇の未来形』が、今年の国際演劇評論家協会日本センターの賞であるAICT賞を受賞して、その記念にとこの講演会に呼んでいただき、幾重ものご同慶が行ったり来たり。この間に病気もして、今日このプロメテウスホールでお話させていただくこと自体が感無量です。

そういう思いの中で、お配りしたアナログ世代らしいレジュメと資料をもとに、1時間ほどお付き合いください。

 

核にあるのは、演劇とはそも何なのだろう?という私自身の問いかけです。演劇というのはきわめてパーソナルでかつパブリックな芸術ジャンル、個人史と時代史の交点に成立するものですが、話の柱は3つです。

まずは1967年20歳の学生時代のドイツ演劇との出会い。来年70歳ですから、半世紀も関わっているのに、いまだに演劇とは何かの謎が解けていない。ゲーテの戯曲『ファウスト』なら、悪魔メフィストと契約して若返ってやり直せ、というところでしょうか?

次が1987年40歳での外語大でのいわゆる「語劇」との出会い

3本目の柱が、ドイツ演劇の現在について、ベルリン演劇祭2015報告をもとに触れて――最後にあらためて、演劇という文化?を考えようかと。

 

(Ⅰ)シンクロする「日本演劇/ドイツ演劇/世界演劇」

 第1の柱。本当は日本の近代文学をやりたいと大学に入学したのですが、入学した途端にベトナム反戦の全学スト。そこからいわゆる大学紛争、70年安保と、まさに政治の季節で、「68年世代」という言葉がドイツでもありますが、60年代後半というのは政治経済だけでなく、文化的にも、戦後史の大きな転換点だったのでしょう。

これは大変、もっと世界を知らなくてはと、進学先をドイツ文学科に変え、何を学ぼうかと思案の中で、出会ったのが、ドイツ演劇およびブレヒト(1898~1956)でした。

文学史では、Epos叙事詩に始まる小説や散文と、そもそもはLYRA竪琴を弾いて思いを歌ったという抒情詩、そして書かれたものを人間が演じて感動や認識を与えるという劇詩Dramatikという3区分があります。ヘーゲルは劇詩を文学の最高位に掲げており、その伝統がいまだに続いているようです。

そのなかで20世紀という激動の時代に演劇というメディアの可能性を探りつつ生きたのがブレヒトでした。目をあげて眺めると日本でもブレヒトベケット等々が新劇中心に上演され、それと対抗する形でアングラ演劇も登場した、おそらく戦後で1番、演劇の面白い頃でした。のみならず、ドイツ、あるいはヨーロッパにおいて、市民社会に演劇が占める位置の大きさにも驚きました。どの町に行っても必ずいくつもの劇場があって、その中心は国公立の公共劇場。しかも劇場=劇団。劇場監督、演出家、スタッフ、俳優は任期契約制の公務員。シーズンオフには監督の争奪戦があるほど。演目は夜ごと変わるレパートリ―システムで、ほぼどの劇場でも老若男女が満員で観劇を楽しんでいるのです。

 

何故だろう? ドイツの劇場の制度について少しマクロに見てみましょう。2枚目の資料。少しデータが古いのですが、概要は大差ないようなので、使わせてもらいました。

ドイツは人口8000万ほど、16の州からなる連邦共和国で、教育・学術・文化の領域に関する権限は国家ではなく州が持つ、「州の文化高権」という文化連邦主義です。ドイツは近代国家の統一が遅れて、諸邦が文化的にも鎬を削ったせいか伝統的に地方分権で、それがナチス時代に一挙に国有化されファシズムに至ったという反省からの文化連邦主義でしょうか。大都市は少なく、100万人以上は3都市。ベルリンでも360万人。10万人以上が大都市で、80%以上が演劇都市=ちゃんとした劇場を持つ都市です。

122の市町村に公立劇場が150ほど。1劇場あたり平均4,4の劇場施設、1774の座席。268人の劇団員で、半数は裏方スタッフ。シーズン毎に29本の演目を425ステージ上演。劇場収入の8割が公的資金。2065万人の観客数とか。日本のプロ野球並みですね。たとえばハイデルベルク市の例をあげましたが、人口15万弱で10の上演施設がある、等。

予算支出の資料の内訳表にあるように、演劇に限らず、美術館や図書館も予算は潤沢ですが、でも演劇がやはり教育・教養・文化の中心。「演劇王国ドイツ」といわれますが、ヨーロッパ全体に言えることです。

 

それは何故なのだろう? -ここでざっくり西欧の演劇史を概観してみます。

BC5世紀に栄えた古代ギリシア劇は14-16世紀のルネッサンスで再発見されますが、その前の中世社会では宗教劇、受難劇(オーバーアマガウの受難劇は今でも10年毎に世界から50万人の観客を集めていますが)や謝肉祭劇――近世に全般に民衆劇が盛んになった1600年頃にシェイクスピアゴルドーニなどの作家が登場してルネサンスを挟んで近代演劇の成立、20世紀からの現代演劇へ――。

無縁に見える日本演劇とも、どこかシンクロナイズしているのではないでしょうか。

中世の農耕儀式から生まれた能・狂言出雲の阿国に始まって近松門左衛門らによる浄瑠璃・歌舞伎の誕生・隆盛はシェイクスピアと同時代(1600頃)、江戸三百年の鎖国後の明治維新の文明開化と「新しい=新劇」の模索。坪内逍遥シェイクスピアを中心にした文芸協会と、森鴎外によるドイツ演劇の翻訳紹介の自由劇場開幕(1906+1909)、外語大の「語劇」開始は1900年ですからもっと早いのですね。そして1924年に築地小劇場に宝塚大劇場が作られ、その頃からたくさんの演劇人もドイツに留学し、同時代のリアルタイムでの西欧との交流が始まります。その後に、2つの世界大戦をはさんで、戦後の先述の1960年代後半に起こった世界的なアヴァンギャルド芸術・演劇の波には、日本のアングラ演劇もシンクロ連動していたのではないでしょうか。そして2000年前後。演劇オリンピックは、1995年にギリシア・アテネに始まって、1999年の第2回は鈴木忠志が中心になって静岡SPAC。40か国から100以上の演目が共演します。そして「ドイツにおける日本年」(1999~2000)と、「日本におけるドイツ年」(2005~2006)…。

そういう中で1960年代から半世紀にわたって、私こと谷川道子は、ドイツ演劇の研究・紹介・翻訳活動・実践現場との協働に携わってきたわけですが。ドイツ演劇が日本や世界の演劇ともろにシンクロ・連動していく時代と重なったのも、ラッキーでした。

 そういった関連を共同研究でまとめて考察した書物が『演劇インタラクティブ――日本xドイツ』(共編・共著:早稲田大学出版会、2010)。あるいは翻訳は例えば、今日も会場に持ってきて頂いた、最近上演されたブレヒト戯曲の翻訳を収めた光文社古典新訳文庫:『母アンナの子連れ従軍記』『ガリレオの生涯』『三文オペラ』『アンティゴネ』―今を生きる言葉で、〈今・ここ・我々のための演劇〉の思いを込めています。

 

(Ⅱ)2本目の柱の外語大の「語劇」・・・

 1987年40歳から教師としてかかわり始めて、改めて驚きました。1年で文法と発音、地域基礎と文化史、2年で演目を選んで稽古して秋の外語祭での上演。しかも課外活動です!

百年余の歴史といまなお外語祭で1週間にわたってのほぼすべて27言語による公演という盛況ぶり――すごい、いったいこれはどういうことなのだろうか?他に類例はない? 

 それぞれの各専攻語で演劇=身体性を通して生きた言葉と文化をものにしていく。自主的な集団作業で体験による成長は社会化のイニシエーションの側面ももつ。外の世界に拓いてつながっていく。各国大使館とのつながり。日本の多言語多文化状況でのたとえば「ブラジル人の夕」のようなポルトガル語劇の上演や、ウルドウー語劇団のインドやパキスタンでの『はだしのゲン』公演、等々。

そういう中で文科省の「特色ある教育実践プログラム=GP(Good Praxis)」のプロジェクトに応募して採択され、2004~2008年に展開したのがいわゆる「語劇GP」の活動です。

ハードウエア面=教室を劇場に、語劇支援室。語劇上演の世界的発信、語劇アーカイブ、語劇写真集刊行。

ソフトウエア面=ワークショップ。講演会やシンポジウム、授業「舞台芸術に触れる」等々。     

その集大成が、3枚目資料の大著の『劇場を世界に――外国語劇の歴史と挑戦』(新宿書房2008)で、快諾いただいた執筆陣も豪華ですが、中でも語劇年表=「語劇百年」はOBや同窓会の協力で50頁におよび、エピソードも満載で面白い。時間もないので外語大HP;TUFS Todayに掲載の詳細でコンパクトな紹介をご参照ください。外語大の歴史ともろパラレルなので、中抜きでざっくり...。、

1900年に「講演会」として始まったのは、1899年に東京外国語学校が高等商業学校から分離独立したのが契機でした。外国の言葉と文化を学ぶ場の活動をアピールしようという盛況ぶりがマスコミでも報道され、次第に名物行事化。そして百年飛んだ1999年西が原キャンパスで外語大独立百周年を祝った後に、2000年に府中へのキャンパス移転、立派な大学建物に残念ながら語劇のための講堂がなく、「外語祭語劇」は大学会館集会室や教室で上演。2004年からの語劇GP予算で舞台用の照明や舞台の拡張整備…「語劇のできるホールが欲しいね」の強い思い―願えばかなうもので、2010年~夢のようなプロメテウスホールでの「語劇」がスタートしました。ここのこのホールに立つのは、その意味でも感無量なのです。

語劇GPは教職員スタッフのチームワークでしたが、外部サポーターとして一貫して牽引してくれたスペイン語OBで演出家の佐野勝也さんが、先日54歳で逝去。昨日お通夜。感謝の念を込めて哀悼したいと思います! 思えば、こういう方たちの熱い思いの積み重ねで、語劇百年も築かれてきたということでしょう。

 

(Ⅲ)さて、最後の柱。ドイツ演劇の現在 

 ドイツには公共劇場以外にもたくさんの演劇祭がありますが、中でも「ベルリン演劇祭」は、前年度のドイツ語圏の劇場のベスト10の舞台が選ばれ、5月にベルリンに招聘・上演される、映画でいうとオスカー賞のような演劇祭。そのエッセンスは毎年でも観に行きたいほど、退職後も大病してあきらめていましたが、若い友人の同行サポートを得て2015年に再訪し、アラサーの孫ともいうべき若い世代6名と組んでの5部構成のチーム報告を仕上げてAICT機関誌『シアターアーツ』WEB版にアップ。「ベルリン演劇祭TT2015チーム報告」http://theatrearts.aict-iatc.jp/201511/3494/ 世代交代と全体像の概観を願いました。

図書館にわがまま言って皆さん用にコピー冊子化して貰いました。『シアターアーツ』坂口編集員と図書館課長補佐加藤さんに心から感謝!その別冊資料をご覧いただきつつ、ドイツ演劇の最新現在例として紹介します。フォーカスはここのテーマではⅠ,Ⅱ,Ⅳ章です。

 

(Ⅰ) 演劇祭TTオープニングを飾ったのが焦眉の難民問題を扱ったノーベル賞作家イェリネク新作の『庇護にゆだねられた者たち』―17-25頁です。的確な時事性と濃度とクオリティの高い文学性を併せ持った劇作は、アイスキュロス古代ギリシア劇『嘆願する女たち』を援用して、今の難民と庇護の実態を合唱団コロスの劇として浮かび上がらせています。テクスト分析はイエリネク研究が専門の井上百子さん、昨年5劇場で競演演出されたなかで選ばれた今が旬の多彩なシュテーマン演出については、ドイツ演劇事情に詳しい庭山由佳さんが書いて、その問題提起性を解説。これは演劇祭全体の基本姿勢ともなって、難民の人権擁護運動に賛同したマニフェストが各公演後に読み上げられました。

 

ドイツはナチス時代の反省から日本の憲法にあたる基本法第16条に「政治的に迫害さ

れるものは庇護権を享有する」と規定されていて、立憲主義の立場からも、難民庇護はドイツの国是、という姿勢をメルケル首相も貫いています、でもドイツだけでは無理なのでEUや世界全体で、と呼びかけている。そのさなかに起こったのが、11・13のパリでのテロでした!NY2・11の15年後にあたります。「有志連合」とやらはすぐさまISとシリアへの報復攻撃。たくさんの死者とますますの難民の増加に、難民受け入れ拒否国もますます増加。復讐の連鎖です。

 どうすりゃいいのさと、思いますよね。ドイツ国内でもなぜドイツだけが受け入れなきゃならないのかいう反対運動も強く、無差別テロは許せない、EUの盟友であるフランスも支援しないわけにはいかない。EU自体も危ない。それでもメルケル首相はめげずに、「ヨーロッパを創り上げてきたものを、いま私たちが壊すわけにはいかないのです」とたじろぎません。太陽と北風の話を思い浮かべます。テロや戦争という北風を産みださない社会や世界をどう作っていけるのか――近代ヨーロッパの原点はフランスの人権宣言でしょう、自由と平等と友愛。つまり個人主義と民主主義と相互理解の共有と共生の原理でしょうか。理念として謳われながら、現実はなかなか難しい。それを真正面から取り上げたのが次作、『コモングラウンド』です。

   

(Ⅱ)ユーゴスラビア内戦をテーマとして俳優たち自身の体験から舞台作品へと完成させる手法と視点でポストコロニアル状況に向かい合うローネン作・演出の『コモン・グラウンド』。26頁~を参照ください。

ヤエル・ローネンはイスラエル出身でドイツ在住の劇作家・演出家。制作のゴーリキー劇場は、2013年からトルコ人演出家ジェルミン・ラングホフが監督となって、プログラムや体制も一新。劇場スタッフや俳優も東欧やロシアからの移民が多く、移民や難民の受け入れに寛容なベルリンの状況を反映もしています。 ローネンの前作『第3世代』は、イスラエル人、パレスチナ人、ドイツ人の俳優が、第2次大戦からの歴史と自分たちのアイデンティティにむきあいましたが、今回は、ユーゴスラヴィア紛争。自ら経験者である俳優たちとともに話しあいを重ねながら故郷ボスニアを訪ね、その体験を演劇化。どういう舞台だったかは、ローネンやスタッフへのインタビューも行った関智子さんの論考を参照ください。切実ながら楽しく、印象的な舞台でした。

 

ヨーロッパとは、国家や国民とは何か、難民や移民のアイデンティティとは? 国民国家とEUと世界はどういう関係にあるのだろう。個人的にも国家や地球規模でも、緊急肝要の問題ですよね。それを実にパーソナルな地平において問うて見せたのが、男性3人が核になったリミニ・プロトコルによる『ヨーロッパ:お宅訪問』。51頁を参照ください。

 

今回の演劇祭では10作すべてが公共劇場だったことが、逆に話題になったのですが、これまで何度も選ばれてきた、フリーシーンでのリミニ・プロトコルやShe She Popの最近の活動をあえてとりあげたのが、第Ⅳ章。日本でもF/T=2009年に新規に始まったフェステイバル・東京や、2010年にスタートした京都国際演劇芸術祭KEXなどの演劇祭でも紹介されてきましたし、新しいもうひとつの演劇の模索とも言えるからです。外語大での教え子の川崎陽子さんがいま本拠地HAUに研修滞在中なのでその報告を書いて貰いました。

ベルリン各地の個人宅を募って、そこに各回限定の15名の観客が訪問して、私たちはベルリン外れの5階屋根裏部屋の学生2人の住まいでしたが、大きなテーブルに国籍・年齢もいろいろな見知らぬ同士が集まって、「ヨーロッパとは何か」、EUの歴史や、民主主義って何だろう、というような問いかけや議論をする。順番に回ってくる機械からの指示に応じつつ、自分の考えや経験を話したり、ゲーム形式や、最初にオーブンに入れて焼かれたケーキを、ゲームの順位に従ってわけあったり・・・その日のその時にしか現れない演劇の「場」ですかね。

リミニ・プロトコルを初めて「観た/知った」のは、2002年の世界演劇祭の『ボン/ベルリン、リミニ・プロトコル ドイツ2』。ドイツ国会がボンからべルリンに移ったのを機会に、ボンに市民によるもうひとつの国会をつくって、両者を同時二元中継させようという意図らしかったのですが、さすがに直前に議長から拒否が入ったので、「亡命国会」を巨大な工場跡地につくって、インターネット中継しながら、模擬国会をさまざまに終日「コピーする」という、途方もないもの。1昨年のF/Tでの客演『100%トーキョー』では、東京都民100人を募って、自己紹介しながら、舞台上で様々な問いにイエスとノーで答えて、結果を大きなスクリーンで数字化させて見せる、というものでした。民主主義への問いを巡る三部作?

さて、She She Popについても少しだけ。名前からしても女性4人が核のアーチスト集団。ベルリン演劇祭TT2010にも選ばれて日本の神奈川芸術劇場で客演して話題になった『テスタメント』は、『演劇の未来形』でも紹介していますが、『リア王』を遺産相続と老親介護問題と世代ギャップの問題と読んで、自分たち自身の実の父親4人を舞台に乗せて、『リア王』の原文や映像をスライド映写しながら、自分たち自身の親子の問題をあわせ考えて討論してみせました。

次作『春の祭典』は、今度は自分たちの母親を舞台に乗せて、ストラビンスキイのオペラの、毎年春に乙女を贖罪として神にささげるというテーマを、母と娘はどちらが犠牲者かという問題にパラフレーズさせたり、バレエの身体表現に映像化して見せたり。京都エクスペリメントの客演でも堪能したのですが、今年のTT2015に選ばれなかったのが何故かとも話題となりました。この作品には私と同期にAICT評論賞をもらった柴田隆子さんの優れた論考が『シアターアーツ』誌に掲載されているので、参照してください。

今回2015年の新作はシャウシュピールシュツットガルトと組んで、公共劇場が抱える問題性を探ってみせたもの。ベルリンでは上演されなかったので、当地に在住の井上さんに無理を言って稽古やワークショップにまで参加してもらって書かれた論考です。これが今後どういう形で生かされていくのかは分からないですが、どんな問題があるのかのケーススタディの探りでもあったのでしょうか。

せっかくの素敵な小冊子、ここで触れられなかった残りの部分や章も合わせて読んでいただけば、ドイツ演劇状況とともに全体像がご理解いただけると思います。

 

さて、おわりに、ですが、やはり思いますよね、演劇とは何だろうって? 

「演劇とは時代を映す鏡だ」と言ったのはシェイクスピアですが、ともに学び考え楽しむ場であり、今や自分たちの焦眉の未解決の問題をともに考える広場のようです。演劇が本来持っている公共性が、「公共劇場」という制度を支えているのではないでしょうか。

演劇はフォーラム=古代ローマの公共の広場で、アゴラとは古代ギリシア都市国家ポリスの公共の建物や柱廊に囲まれた広場、市民が自由平等に集まって話をしたり議論をしたポリス的生活の中心だったとか。ちなみに外語大のこの建物が「アゴラ・グローバル」と名付けられているのは、この大学は地球規模で皆が集まって自由平等に学び論じあう広場であるという思いであり、「プロメテウスホール」は、ギリシア神話で神々から天上の火を盗んで人間に与えて罰せられた神プロテウス。その火を人類は掲げ続けようという思いです。

 

面白いのは、BC9~5世紀にかけての古代ギリシアの民主政とギリシア悲劇の誕生と成長がパラレルだったらしいことです。アゴラに市民が集まって自由平等に話をする中からアテネの民主政が成立し、都市国家が生まれ形成されていった。同時に、葡萄や葡萄酒の豊穣を願った祭で人々が歌ったり踊ったりする中から、合唱団=コロスとその長がうまれ、第1俳優、第2俳優、第3俳優がでてきて、俳優は3人までですが、ギリシア悲劇の形ができていった。その葡萄酒の神ディオニソス別名バッカスに捧げる祭での演劇の競演がアテナイ都市国家ポリスの国家行事となって、BC5世紀は、アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデス三大悲劇詩人が競い合うギリシア悲劇の最盛期で、都市国家アテナイの最盛期とも重なります。

ギリシア悲劇ギリシア神話をもとにしているのですが、ドイツの思想家ベンヤミンは、次のように説いています。神々の秩序に刃向かって敗北するギリシア悲劇の英雄たちを上演して思い起こし、人々の共有財産にすること、それを確認・論議するための場が古代野外劇場におけるポリス国家の公的な催しとなったこと、それによって、人間が自分たちの言葉や掟、法を、ゲーニウス=つまり「反神話的な言語精神」が産みだされる力となったと説いている。

ナチスに追われてアメリカに亡命した思想家ハンナ・アーレントは、古代ギリシアのアゴラとポリスの意義を例に、公的領域と私的領域の関係性から、民主制の意味を『人間の条件』で考察しています。

ついでに、ブレヒトは、一五年の地球一周の亡命の最後に立ち寄ったスイスで、ソポクレスの原作を改作した『アンティゴネ』を書いて演出しています。これから東ベルリンに帰国して開始しようとする演劇の実践活動の原点を探ろうとしたのではないでしょうか。  

アゴラとしての、公論形成の場としての演劇の伝統と可能性は、さまざまな考察の原点となっているように思えます。

 

「民主主義とは何だ?」と、私もこのところずっと、考えています。SEALDs(StudentEmergencyAction for Liberal Democracys)のデモも見に行って、ラップ調とヒップホップの乗りのようなコールとレスポンスの掛け合いに、こうやって合唱団コロスとコロス長と俳優が生まれ、ギリシア悲劇の誕生につながったのかな、と思ったり・・・・

IT技術社会と効率競争社会の可能性と危うさは、身体性と言語化や経験・生活の重要性を逆に必要とするとレジュメに書きましたが、ITやSNSがこれからの社会に果たす役割も併せ考える必要があるのでしょうか。

F/TやKEXの例をあげましたが、日本でもさまざまな演劇祭や試みがあります。市川猿之助は漫画の『ワンピース』を歌舞伎化し、平田オリザがロボット研究の第1人者石黒浩と組んだ「ロボット演劇プロジェクト」。65歳以上が条件で平均74歳という蜷川幸雄率いる埼玉ゴールドシアターは2006年に始まってパリ公演までやってのけました。

時間が迫りましたので話のオチにひとつだけ結びにあげますと、今年のF/Tの韓独日プロジェクト「Being Faust-Enter Mephisto」―観客が入り口でメフィスト・カンパニーと契約を結んでI-PADを手にしてログインし、自らファウストになって、欲しい価値や文章を買っていくというもの。コンセプトは面白かったのですが、我がアナログ世代にはちょっと操作がしんどく、何を狙ったのかにも今一つ工夫が必要かなと。ともあれ演劇も、内外で多様に越境・変容・進化していくのでしょうか。

 

『演劇の未来形』というこの本は、演劇に未来形などあるのか?の疑念や問いに、3000年来あえて変容・変貌を重ねつつ生き続けていく演劇の可能性を問い返したいという思いから書かれました。人間も演劇も出版も世界も地球も、負けてたまるかの気概で、未来形を考えていければいいなと。

老い先短い身で、メフィストを必要としないBeing Faustをめざしてと、考えたのですが、お笑いでしょうか。とりとめのない話のご清聴、ありがとうございました。