谷川道子ブログ

東大大学院修了(ドイツ演劇)。東京外国語大学教授。現在、東京外国語大学名誉教授。

Prosit Neujahr 2015!

 あけまして、新年、おめでとうございます。本ブログ、今年もよろしくお願い致します。最近は短縮して「あけおめ、ことよろ」と言うのだそうですが・・・・松の内も過ぎての新年のご挨拶で恐縮ですが、せめて節分までにと・・・・

 

 年末年始を掛川の実家で過ごさざるを得なくなって以来、いつも帰京後の遅ればせの一斉メール賀状になってしまい、すでにもう何年になるか。思えば昔は、せっせと手作りで木版画を彫って、多色刷りにしたり、一筆添えたりと、思いをこらして賀状を出したものですが、それは何年続いたでしょうか。手書きから印刷へ、そしてメールへ・・・

 おせちも実は最近はほとんど通販と買い物の手抜き、それに何とかお屠蘇とお雑煮で年賀のおもてなしをしていますが、昔はいろいろ予定を立てて、時間をかけて、ゆっくり家族でつくったものです。市場で買った一匹のはまちや鯖も、三枚におろして、ブリ大根や昆布巻き、お刺身にしたり、しめサバを酢のものにしたり・・・・蕪は蓮の花のような酢のものに、錦糸卵も手作りで・・・・そんな楽しさもはるか昔のことになりました。

 桜島の初日の出を見て、お書き初めもして、「お正月」の歌を聞きながら、昔は羽根つきや凧揚げも両親と一緒にやっていたなあと思いだしたり・・・・

 夕暮れて暗くなったからお帰りよと言われても、紙芝居やチンドン屋が好きで、ついていって迷子になった、あのザ・昭和の「三丁目の夕日の世界」の懐かしさ・・・・

  

 同じ思いの皆さんも、多いのではないかとも思います。

 何時頃が転機だったのだろう。そう、やはり1964年の東京オリンピックの頃でしょうか。新幹線が走り始めて、速さと経済効率の感覚がまずは狂いました。よろずがスクラップ・アンド・ビルドのごとく様変わりして、「戦後は終わった」と「世界の中の日本」と高度成長を合言葉に、寝台特急はやぶさもいまはなく、よろずが速く簡便であることが望まれました。次が1970年の大阪万博か―あの時に太陽の塔に原子(原発)の火がともりました。

 60年安保と70年安保の間が、1965-74年が、東京でのわが大学生時代でした。それからは大学教師の社会人、気がつくと、世の中はまったく変わってしまっていました。明治維新の開国近代化からほぼ150年、戦後70年。たしかに皆、頑張りました。便利にもなりました。女性も大学で教職を得て、男女機会均等法、便利になった家電のおかげでの共働きに親の介護・・・悪いことばかりではありません。こういった変化に私とて共犯で、おかげ様の恩恵も感じています。二重、三重に大変にもなったことも・…

 

 でも、失ってしまったもの、切り捨てたもの、どこかで勘違いしてきたものもたくさんあるのではないかと思うこの頃です。

 何よりまず思い浮かぶのが、経済最優先論理や競争原理への疑問と、自由民権や民主主義とはそもそも何なのだろうという問いかけ。そう、近代は、個人主義と民主主義と資本主義を三本柱として成り立ってきました。一番ないがしろにされてきたのは、民主主義ではなかったでしょうか。

 

 ザ・昭和を代表するスターが相次いで亡くなられました。戦争を知る最後の世代で、日本映画の歴史をまさに体現してきた、ご存じ、高倉健さんと菅原文太さん。日本の男の不器用さどころか、恰好良さの体現者でもありました。

 ことに末期癌の痛みをおして沖縄知事選の応援演説に立った菅原文太さんの言葉はすごく格好良かった。政治の役割りは二つ、国民を飢えさせず安全な食べ物を食べさせること、そして絶対に戦争をしないこと。戦争をすることを前提に沖縄を考える政権と手を結んで辺野古を売り渡してはいけない。「仲井真さん、弾はまだ残ってるがよ」――かつての自らのヒット映画『仁義なき戦い』中の名文句の引用だったが、この弾は任侠のテロではなく、人情の、人間と自然の共生の民意=民主主義だ。

 結びの言葉も格好よかった――沖縄の風土も、本土の風土も海も山も空気も風も、すべて国家のものではなく、そこに住んでいる人たちのもの。辺野古もしかり、勝手に他国に売り飛ばさないでほしい。人間として国が違えど、同じ思いは通じるはず、と。

 

 その誠意と真意がオール沖縄を成立させた。そして今、問われているのは、その思いを、弾を、政権が、国民が、どう受けて立つのか、という民主主義だろう。ヒロシマナガサキに次いで、オキナワ+フクシマを見殺し=贖罪山羊にしてはいけないのだ。

 勝つのは、決してテロではなく、民意・民主でなければいけない。フランスの新聞社を襲ったテロの悲慘と恐怖を目の当たりにした今、なお痛切にそう思う。

 

 まったく話は飛ぶのだが、昨秋、F/T(フェステイヴァル・トーキョー)で、さいたまゴールドシアターの清水邦夫作+蜷川幸雄演出の『鴉よ、おれたちは弾丸(たま)を込める』の最新版を観た。周知のように、2006年に結成された平均年齢75歳の高齢者劇団の、パリ客演までやってのけた、「代表作」だ。数十人の老婆が法廷を占拠して自ら裁判を行うという「アナ―キ―な闘争劇」――拙著『演劇の未来形』でも触れているが、私自身も高齢者となった今、戦後70年の共犯者である団塊世代がこめる弾は、まさに「弾はまだ残ってるがよ」の民意・民主であるはずだろう。演劇にも、弾はまだ残っている?!

 

演劇の未来形 (Pieria Books)

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